マーモット・レビュー「公正な社会にこそ健康的な生活はある」仮訳 #5
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政策目標B
すべての子ども、青年および成人が彼らの潜在能力を最大化し彼らの生活を自らコントロールできるようにしよう
優先目標
1 職業訓練や資格における社会勾配を軽減すること
2 子どもや青年における健康・幸福・回復力の社会勾配を軽減するため、学校、家庭、コミュニティがパートナーシップをもって行動することを確実にすること
3 社会勾配を横断して良質の生涯教育の利用機会と利用そのものを改善する
政策的勧告
1 生徒の教育結果における社会的不平等の軽減を引き続き優先事項にすることを確実にしよう
2 職業訓練における社会的不平等の軽減を優先化しよう。それは以下の方法による:
①家庭やコミュニティを支援する学校の役割を拡大し教育に「子ども全体」アプローチを取り入れること
②拡大された学校のアプローチに「フル・サービス」を一貫して備えること
③学校―家庭の境界を横断して働くうえでの技能を建設するために、学校に基盤を置く作業力を開発すること。
そして社会的で情緒的な発達、身体と精神の健康と幸福にとりかかること。
3 社会的勾配を横断して良質の生涯学習の利用機会と利用自体を増やそう:それは以下の方法による
①16歳から25歳の人のための職業訓練と雇用機会について、利用しやすい援助とアドバイスを提供すること
②若年者や仕事や職業を変えた人のための見習い期間など、労働を基盤にした学習を提供すること
③人生の経路を横断して職業的ではない生涯学習の利用可能性を増やすこと
(解説)
今日、教育もなければ仕事もないというのであれば、本当に不安なことだ。もしあなたの子どもたちがいい教育を受けていないのなら、彼らに何が待ち受けているかわからない
(研究対象グループの参加者)
教育と職業訓練における不平等
学歴における不平等は、所得、雇用、生活の質と同様に身体的・精神的な健康に影響する。社会経済的地位学歴の等級づけされた相関はひきつづく雇用と所得と生活水準、生活習慣、身体的・精神的健康に有意な予想通りの影響をもっている(図79)
スタート時点の公平(=機会の平等)を達成するためには、子ども時代早期への投資が肝心である。しかし、社会勾配を横断して不平等の軽減を維持するためには教育期間を通しての小児、青年への継続的配慮が求められる。このことに対する中心になるのは認知的、非認知的技能の獲得である。それは学歴や、良い雇用、所得、身体的・精神的健康などからなるほかの要因の結果にも深く関連してい。
教育の成功には多くの利点をもたらす。もし私たちが社会的、健康的不平等のけいげんについて真剣であるなら、私たちは社会的勾配を横断して学歴の改善に焦点を当て続けなければならない。
教育と職業訓練における不平等を軽減するために何がなされうるか?
学歴の不平等は健康の不平等と同様に持続しており、同様に社会的勾配の影響下にある。何十もの政策が教育の機会の平等化を目標としたにもかかわらず、到達点は格差を残している。健康の不平等と同じく、教育の不平等の軽減は学歴の社会的決定要因とのあいだの相互作用の理解と関係がある。学歴の社会的要因には家庭的背景、地区や学校の中で起こるのと同様な仲間との関係などを含んでいる。実際に教育的な到達に影響を与える最も重要な要因についてのエビデンスは、最も影響を与えるのは学校ではなく、家庭だということを示している。学校と家庭とコミュニティとの間の緊密な連携が求められる。
子ども時代の早期に投資すること、したがって早期の認知的、非認知的発達と子どもの就準備の改善は、よりのちの学歴に対して決定的に重要である。学校については、資格を得るのと同じに子どもや青年が生活や労働の技能を発達させることができることが重要である。
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それを達成するためには学校と家庭と地域コミュニティの緊密な連携が重要なステップである。学校の中と周辺でのサービスの拡大の発展が重要である。しかし教員、非教員スタッフが家庭ー学校境界を横断して働くための技能を発展させるためや、子どもや青年のより幅広い生活技能を発達させるためには、もっと多くのことが必要である。
16歳で学校を離れる人たちにとって、職業訓練、人間関係のマネージメント、物品の誤用へのアドバイス、借金の仕方、教育の継続、住宅への関心、妊娠、育児の形式で、引き続きのサポートが肝心である。こうしたトレーニングやサポートは、とくにこの年齢層のグループのために企画されて発展させられるべきだし、すべてのコミュニティに備えられるべきである。
我々のビジョンに向かう中心には社会的勾配を横断しての人々の潜在能力の完全な発達がある。教育の達成と同様に、生活技能や労働の準備なしには、青年は彼らの可能性を満たすことができないし、生ききと生活し自らの生活をコントロールすることもできないのである。
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政策目標C
すべての人のための公正な雇用と良好な労働を創造しよう
優先目標
1 社会的勾配を横断して良好な労働に就く機会を改善し、長期間の失業を軽減しよう。
2 労働市場で不遇な人たちが仕事を入手し維持することをより容易にしよう。
3 社会的勾配を横断して労働の質を改善しよう。
政策的勧告
1 長期間の失業を軽減するためのタイムリーな介入を達成するために活発な労働市場プログラムの優先順位を上げよう。
2 社会的勾配を横断して労働の質を改善するために、勇気づけ、動機づけ、適当な場所では、手段提供を実施しよう。それは以下の方法による。
①公共セクター、民間セクターの雇い主が平等の手引きと法律を守ることを確実にすること
②労働におけるストレスマネージメントと幸福の効果的促進と身体的精神的健康のガイドラインを設定すること
3 雇用のより大きな安定と弾力性を伸ばそう。それは以下の方法による:
①退職年齢の弾力性を大きくすることの優先順位を上げること。
②一人親、介護者、精神的・身体的に問題を抱えた人のためふさわしい仕事を創造したり、採用したりするために、雇用主を勇気づけ、動機づけること。
(解説)私が関心ある唯一のことは私の子どもの将来のこと、若い世代の機会のなさ、雇用の欠如 ―それはとても気持ちをくじけさせる。
(研究対象グループの参加者)
労働と雇用の不平等
良い雇用は健康を守る。逆に、失業は健康悪化の原因になる。だから、人々を仕事に就かせることは健康の不平等を軽減する上で決定的に重要である。しかし、仕事は継続的でなければならないし、最低限の質は保障されなければならない、単に人間らしい生活ができる賃金が得られるというだけでなく、仕事の中で人間的に成長する機会があることが求められるし、また健康に打撃を与える悪い労働環境からの防御も求められる。
雇用のパターンは社会勾配を反映もするし増強もする、そして労働市場での幸運に近づけるかどうかには深刻な不平等が存在する。失業率は資格や技能をほとんど持たない人たち、障害や精神障害のある人たち、ケアの責任を負っている人たち、一人親、民族的少数派出身者、高齢労働者、そして特に若年者の中で最も高い。働いている場合でも、同じグループが、最も賃金が低く、ほとんど向上の幸運のない質の低い仕事につきやすく、しばしば健康を害する条件の中で働いている。多くの人は、安い賃金、質の悪い仕事、失業のサイクルの中に陥れられているのである。
英国において1980年代初期の期間に起こった劇的な失業の増加は、失業と健康の間にある関連についての研究を刺激した。図8は1980年代初めに失業を経験した人たちの、その後の死亡率の社会勾配を示す。それぞれの職業階層に対して、失業群は雇用群に比べてより高い死亡率となっている。
不安定で不良な質の雇用もまた身体的・精神的な健康悪化のリスク増大に関連する。労働におけるその人の状態と、そこでその人たちが持っているコントロール(自律)と援助の間には、格付けされた関連がある。これらの要因は、ひるがえって言えば、生物学的影響力があり、健康不良のリスク増大に関連している。
身体的精神的健康にとって労働は良い ―そして失業は悪い、しかし労働の質も重要な働きをする。人々を利益から切り離し低賃金で不安定で、かつ健康破壊的な仕事に追いやることは望みうる選択肢ではない。
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政策目標D
すべての人にとっての健康的な生活水準を確立しよう
優先目標
1 すべての年齢の人々に健康的な生活のための最低限の所得を保障しよう
2 累進課税とその他の財政政策を通じて、生活水準における社会的勾配を軽減しよう
3 失業手当と仕事の間をさまよっている人びとの崖っぷちの苦しさを軽くしよう
政策的勧告
1 健康的な生活のための最低限所得水準を開発し備えよう。
2 就業と失業を繰り返す崖っぷちの人々をなくし、雇用の弾力性を軽減しよう。
3 健康的な生活水準を保障する最低所得と、生活向上に向かって動く経路を提供するために、課税、給付、年金、税金控除のシステムを再検討し準備しよう。
(解説)
「私は二人の子どもを抱えて働くことがなければもっと楽に暮らせるはずだ。もし働かなければ、もっとお金があったかもしれない。」
(研究対象グループの参加者)
所得における不平等
健康的な生活に導くのに足りる金がないことは高度に有意に健康の不平等の原因である。
社会がより豊かになれば、十分と考えられる所得と生活資源のレベルも上がる。健康的な生活のための最低限所得(MIHL)は適正な栄養、身体の活動度、居住、社会的つきあい、移動、医療ケアと衛生に必要な所得などを含む。イングランドにおいては健康的な生活のための最低限所得と、多くの人たちが受け取っている公的給付=生活保護給付との間にギャップがある。
子どもの貧困に立ち向かうため政府によってなされる重要なステップにもかかわらず、英国の貧困人口の割合は頑固に高率のままである。EU平均より上にあり、フランス、ドイツ、オランダ、北欧諸国より悪い。雇用政策が助けているが、英国の給付システムは不十分のままである。
図9は直接税と間接税の双方を考慮に入れれば、英国の税制は低所得者に不利なものであることを示している。低所得者にとっての直接税率の低さの利点は間接税の影響で台無しにされている。低所得者は間接税を伴う商品により大きな比率でお金を払っている。結果として、税金全体で見れば、そのまま消費されてしまう所得の割合は、5分位の最も低い層で、最も高い。
所得における不平等を軽減するために何がなされうるのか?
公的給付=生活保護給付はもっとも状態の悪い層の所得を増やす。1998年以来税金控除は50万人の子どもを貧困から救いあげた。給付金システムが、仕事に就くことに対して意欲を殺ぐものとして働かないことが肝要である。英国の200万人を超える労働者が、税金や減らされた給付金のために、どれだけ稼ぎが増えてもその半分以上を失う立場にいる。ざっと16万人の労働者は余計に稼いだ1ポンドから10ペンス以下しか手元に残らない(1ポンド=100ペンス≒170円)。一人親は労働やより多額を稼ぐことへの刺激が最も弱くなる方向へ顔が向く、というのは彼らの多くが、稼ぎが増えると税金控除がなくなったり、給付金に資産調査が行われる対象になったり、なると心配しているからである。
現在の税金と給付金システムは、所得の低い人々にとってはたrくきをおこさせるものになるように、そしてより単純な者になるように、家庭にとってもっと確実なものであるように徹底的な点検が必要である。政府は、所得を再分配し、経済を損なうことなしに貧困を減少させるためにもっと多くのことをなすべきである。それは仕事に就き、低い賃金を増やそうということに気持ちが向かない人々にたいして税金総額をカットしてやることによるのである。もっと累進課税を強化することが必要だし、それは人間の所得を構成する直接あるいは間接の所得全体をとらえて行うものである。
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政策目標E
健康で持続可能な場所とコミュニティを創造し発展させよう
優先目標
1 一般的政策を気候変動と健康の不平等の規模と影響を軽減するように発展させよう
2 コミュニティ・キャピタルを改善し、社会的勾配を横断して社会的孤立を減らそう
政策的勧告
1 健康の不平等を軽減し、気候変動を緩和する政策と介入の優先順位を上げよう。それは以下のことによる:
①社会勾配を横断して、身体を活発ぬ動かす旅行ができるように改善すること
②社会的勾配を横断して、良質で開放的な緑の多い空間を利用できる可能性を改善すること
③社会的勾配を横断して、地域での食品環境を改善すること
④社会勾配を横断して、居住のエネルギー効率を改善すること
2 地域的の開発され、エビデンスにも立脚したコミュニティ再生プログラムを支援しよう。そのプログラムとは
①コミュニティの参加と行動のための障害をなくそう
②社会的孤立を減らそう
解説
あんたは貧乏を見つけることができるだろう。あんたのすべきことのすべては外を見ることだ。それがあんたが毎日直面していることだ―どこもかしこもゴミだらけ、ネズミとゴミ、ゴミの山だ。あん「たのまわりの人々は生きている意味がないみたいだ。私はときどきカーテンを閉めたままにしておく。あんたには何かなすべき目標は与えられていない。
(研究対象グループの参加者)
コミュニティと地区における不平等
コミュニティは身体的・精神的健康と幸福のために重要である。コミュニティの身体的・社会的特性、それが可能にし促進する健康的生活習慣の程度、これらすべてが健康の社会的への不平等に寄与する。しかし、「健康的な」コミュニティの特性には明確な社会勾配がある(図10)。
人々はそいつに関わりたい、それを助けようと思っている、ボランティアをしたいと思っている、役割を果たすために教育を受けたがっている。そしてそいつは成長していくし、おれは人々がコミュニティの外からそうするのではなくて、コミュニティの内側からそうしてほしいと思う、というのはそれはおれたちのためだから。おれたちがそれを世話しているんだ。
(研究対象グループの参加者)
コミュニティにおける不平等を軽減するために何がなされうるか?
ソーシャルキャピタルは個人と個人の結びつきを表現する:すなわちコミュニティ内のまたコミュニティ間において人々を結びつけ連結する結びつきである。それは回復力の源を提供し、健康不良リスクに対する緩衝剤である。身体的・精神的幸福に対して必須である社会的サポートを通じてのことであり、人々が経済的あるいはそのほかの物質的困難を通り抜けて仕事を見つけたり得たりするのを助けるネットワークを通じてのことである。コミュニティのなかでの人々の参加の程度と、そのことがもたらす彼らの生活へのコントロールの増加はかれらの精神的社会的幸福に貢献する可能性を持ち、結果として、そのほかの健康成績にも貢献する。
政策が最も影響を受ける人々のものとなり、彼らの経験によって形成されることの双方が確実になることが、地方レベルでソーシャル・キャピタルを築く上で欠かせないことである。
より健康的でより持続可能なコミュニティを築くことは、これまでとは別の方向に投資することを選択することを意味している。例えば、「建築と建築環境委員会」は新しい道路建設のための予算が、もし別な方向で使われれば、それぞれ初期投資コスト1000万ポンド(*1億7千万円)で1000箇所の新しい公園を提供できるーそれはイングランド各地方自治体に2ヶ所づつー と推計する。1000箇所の新しい公園は、1ヘクタールに200本の木を植えることを前提にして、ほぼ74000トンの炭酸カガスを減らすことが出来るだろう。
健康の不平等を軽減するため私たちが勧告している多くのことー 身体を活発に動かす旅行(例えば、徒歩やサイクリング)、公共輸送、エネルギー効率のよい住宅、緑の空間の利用促進、健康な食事、炭素消費型の汚染軽減ー は持続可能性という課題にもまた有効だろう。
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図10 居住地域の好ましくない環境因子数と貧富の関連
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