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2010年4月22日 (木)

「ヒロシマ」映画のモデルたち  リフトン「ヒロシマを生き抜く」上下巻、岩波現代文庫2009を読みながら

井上ひさしさんがなくなって、ふと彼の本を手に取ることが多くなった。今日は「イーハトーボさまざま」という宮沢賢治の一生を語る講演の記録を読んだ。

それとは別に、今日、偶然に気付いたことがあるのでメモしておくことにした。

今、東大の川本隆史さんの書評に刺激されて、上記の本をゆっくり読んでいるのだが、下巻の39ページに原爆資料館の初代館長になった人のことが出てくる。

同僚たちの羨望によってさまざまな妨害を受けながら、格別に広島大学理学部の教室内の地位も高くなかった一青年研究者が、世界にヒロシマを紹介するときまず第一に挙げられる施設を作り上げてしまったのである。

「資料館はほとんど一人の人物、すなわち、一人の地質学者が造ったようなものである」という一行で思い出したのは、井上ひさし原作の映画「父と暮らせば」で、宮沢りえが演じた主人公と結婚することになる浅野忠信が演じた青年のことである。

彼のモデルはこの人だったのだ。名前を調べると 当時広島大学理学部にいた長岡省吾さんである。

一登場人物として採用したというより、井上ひさしさんは、むしろこの人の存在を知ることから、この戯曲を構想したのではないかと思う。

映画のモデルといえば「恋する彼女、西へ」という、鶴田真由主演の荒唐無稽な「ヒロシマ」映画のモデルは、爆心地の地下室にいた野村英三さんである。この映画も、野村英三さんの存在を知ったことにより映画が発想されたに違いない。

被爆地以外の出身の劇作家や映画作家が、どこからヒロシマを扱う作品のヒントを得るかということは一つの興味あるテーマである。

それは、ヒロシマを世界がどう受け止めるかということの一部であり、リフトン先生が上記の本を書いたこととも深く関連するのである。

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