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2010年3月24日 (水)

茅(かや)の屋(いえ)の秋風に破られし嘆き(杜甫)・・・・「新唐詩選」岩波新書1952

東京では旧友のA君に会った。吉川 幸次郎.「中国文学入門 」(講談社学術文庫) をわざわざ東京堂書店で買って贈ってくれた。

それはA君の愛読書で、その杜甫の項に、或る詩が収録されているのを僕に紹介したかったからである。

「中国文学入門」自体はこれまで読んだことがなかったのだが、その詩は別の本で見た記憶があった。

それは吉川幸次郎・三好達治「新唐詩選」岩波新書1952である。

このブログを書いている場所では、後者しか手元にないので、A君が暗誦しているところは この本から引いておこう。

詩の題は上記のとおりで、四川省成都の草堂での作品である。

「安(い)ずこにか得ん広き廈(いえ)の千万間

大いに天下の貧しき士(おのこ)を庇(かば)いて倶(とも)に歓(よろこ)ばしき顔し

風雨にも動かずして山の如く安きを得ん

嗚呼(ああ)何れの時か眼前に突兀(とつこつ)として此の屋(いえ)を見れば

吾が廬(いおり)は独り破れて凍死を受くとも已に(すでに)足らえり」

千万本の柱を持った大きな家をどこかに見つけて手に入れ、不公平に悩む世間中の貧乏人をみんなその家に入れて、お互い顔を見合わせてにっこりする。そうなるのだったら自分は今凍死しても満足だ。

こういう志を持って仕事をしたい、いやして来たとA君は言った。

僕は、彼の中小企業を援助する30年以上にわたる膨大な仕事量を思った。

今読むと、吉川幸次郎もこう言っている。「恐るべきは詩人の直観である。千年後のわれわれは杜甫が言った大きな大きな家、それを作るべき機運に、現に向かいつつある」

ここを読んで実は僕はあわてた。吉川幸次郎はこれをいつ書いたのか。

ひょっとしたら「大東亜共栄圏」を「大きな大きな家」といっているのではないか。しかし奥付を見ると1952年となっている。そうなのだったら、彼は戦後の民主主義の時代を表現したのだろう。それなら安心して読むことができるというものである。

(それも吉川の擬態だったら?)

そして、1952年から約60年、僕らは、この詩を読んで、なお湯浅 誠ら若い活動家の顔を思い浮かべるのである。あるいは思い浮かべざるをえないのである。

杜甫はいつまでも生きている。生きざるをえない。

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