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2010年2月19日 (金)

WHO 健康の社会的決定要因委員会最終報告エグゼクティブ・サマリー 仮訳#1 序章

WHO欧州事務局が1998、2003年と2回に分けて「健康に関わる確かな事実 ソリッド・ファクト」という画期的な報告を発表したのを受けて、WHO本体が2005年上記の委員会を立ち上げ、2008年に最終報告を出した。

「Closing the Gap in a Generation」・・・「一世代のうちに格差をなくそう」と訳すべきであろうか?意訳すれば、「世代から世代への格差の連鎖を断ち切ろう」となる。私としてはこちらの方がよい気がする。

報告は
http://www.who.int/social_determinants/thecommission/finalreport/en/index.html で読むことができる。

その中の「THE FINAL REPORT OF THE COMMISSION、Executive Summaries」 約40ページを翻訳したのでアップしておく。

Executive SummariesとはALCのビジネス英語辞書によると、「忙しいエグゼクティブのためのサマリー」という意味だが、結局はただのサマリーという意味で、格好をつけているだけのようである。「エグゼクティブ」をつけるのはただの慣用である。

こういうこともあって面倒くさいし、誤訳も多いはずだが、少なくとも、web上では本邦初訳である。なるべく日本語として読んで分かりやすいものになるよう努めた。

*訳語として注意すべきなのは equityとequalityの訳の違いである。前者は「公正」「公平」と訳し、後者は「平等」と訳す。

**記述の特徴は、政策の提唱、その背景になる実証的事柄、政策の評価法という3っつの側面で構造化されていることである。

序章

「『委員会』は一世代のうちに(健康)格差をなくすことを呼びかける」

社会正義は生と死に関わることである。社会正義は人々の生き方、病気になりやすさ、早世(若くして死ぬこと)の危険を左右する。私たちは世界のある地域では平均余命と健康状態が改善し続けているのを驚異の目で眺めるが、別の地域ではひたすら悪化しているのを憂慮のうちに見ている。今日生まれた女の子がある国では80歳以上まで生きることが期待できるのに、別の国では45歳になるまでに死んでしまうのだ。国際比較では社会的不利に密接に関係して健康の激しい差が存在する。これほどの差は、国内比較であっても国際比較であっても、断じて起こってはならないことである。

これらの健康の不公平、しかも避けることのできる健康の不公平は、人々が成長し、生活し、労働し、老いていく環境と、医療保健システムとから生じる。逆にいえば(in turn)、人々が生きたり死んだりする条件は政治的、社会的、経済的な諸力で決まるということになる。

政治的経済的政策は、子どもが成長して能力を全開させ、生き生きした生活を送ることができるか、それとも成人になってからの生活が荒廃するかを決定する。豊かな国でも貧しい国でも、解決しなければならない健康問題は一つに収斂しようとしている。(*すなわち健康を決定する社会的要因への対策のことである) ある社会の発展度、貧しいか豊かであるかは、一般人口の健康や、健康がいかに公平に社会階層の別なく保障されているか、そして健康障害による不利から保護されているかによって判定される。
「健康の社会的決定要因委員会」は2005年WHOによって、社会正義の精神にもとづいて健康の公平を促進し、達成するために世界的な運動を進めるのに必要な証拠を備えようとして設置された。

委員会がその仕事を進めていくにつれて、いくつかの国や機関が、それぞれの社会の条件を横断して、健康の社会的要因に影響を与え健康の平を改善する政策やプログラムを策定するための協力者になってくれた。いまや、これらの国々や協力機関は世界的な運動の先頭に立っている。

委員会は、WHOやすべての政府に、健康の公平を達成するための健康の社会的決定要因に対する行動のリードを求める。いまこそ各政府や市民社会、WHO,そしてそのほかの世界的機関が世界の人々の生活を改善するために連帯して行動することが、どうしても必要である。この一世代で健康の平等を達成するのは可能なのであり、それはなすべき正義であり、いまこそそれをなすべき時なのである。

「健康の公平のための新しい世界的課題」

私たちの世界の子どもはどこで生まれたかによって人生の極端な違いを背負わされる。日本やスウェーデンで生まれれば、80歳以上の平均寿命が保証される。ブラジルでは72歳、インドでは63歳である。しかし、アフリカの国々では50歳に達しない。そして同じ国のなかでも、生きるチャンスの違いがきわめて大きいことが、世界中で認められる。貧困な国の最貧困層には病気と早期死亡がきわめて多い。しかし、貧しい健康状態はこうした最貧困層だけのものではない。国内ではすべての収入階層にわたって、健康と病気は社会の階層勾配に従う。すなわち社会経済的地位が低ければ低いほど健康も悪い。

こんなことがあってはならないし、それは正義にもとるものだ。構造的な健康格差が合理的な行動で回避できるのであれば、健康の不公平は不正義に値するというのは誰でも理解できる話である。巨大だが回避可能な国際的・国内的な格差、すなわち、健康の不公平と私たちが評価できるものをなくすことは、まさに社会正義の問題である。
健康の不公平を軽減することは、健康の社会的決定要因のための委員会(以下、単純に「委員会」)にとって、倫理的な緊急案件である。

いまや社会的不正義は大規模に人々を殺しつつあるのだ。

「健康の社会的決定因子と健康の公平」

委員会は、健康の公平を達成しようとするグローバルな運動を前進させる上で役立つエビデンスを準備するために作られたのだが、それは政策決定者、研究者、市民社会の全地球的コラボレーション(協働)であり、政治上、学問上、人権擁護上のユニークな経験を持つ委員たちによって進められている。大事なことは、南半球についても北半球についても、所得や発展度の違うすべての国々に関心が向けられていることである。。健康の公平はすべての国ぐににとっての問題点であり、世界の政治経済システムから強い影響を受けるものなのである。

委員会は健康の社会的決定要因の全体像を提供する。貧困者の劣悪な健康状態、各国の国内に生じている健康格差、国家間での著明な健康の不公平は、世界的あるいは国内的に、能力、収入、財産、サービスの不平等な分配と、それらの結果として生じる直接的に眼に見える人々の生活環境(すなわち保健医療、学校、教育へのアクセス、労働と休養、家庭、コミュニティ、町や市、元気な生活)の不公平によって生じている。この健康障害経験の不公平な配分は、どんな意味合いでも自然現象ではなく、貧しい社会政策、不公平な経済秩序、劣悪な政治が、悪い方向に結合している結果である。それとともに、日常生活状態の構造的決定要因は健康の社会的決定要因を構成し、国際的、国内的な健康の不公平の大半に関与する。

世界的レベルでの協力は、健康の公平の権利を推進できるが、それには世界的、国内的、地域的な迅速かつ継続的な行動を必要とする。権力や経済秩序の深刻な不公平こそ、世界的に、健康の公平の問題への鍵となるべき関連要因である。もちろん、このことはそのほかのレベルの行動を無視するということではない。国家や地方政府だけでできることがたくさんある。地域社会や地域運動は今すぐ必要な援助を自ら実行しつつ、より上位の政府が変わるよう働きかけているが、委員会はそれに強い感銘を受けてきた。

そして、気候変動は当然、世界システムに深い関わりあいを持っている ―それはどんなふうに人間個々や惑星の生命と健康に作用するのだろうか。我々は、健康の公平と気候変動という二つのアジェンダ(議題)を同時に議論する必要がある。我々の中心的関心である健康の公平は、全世界人類の社会経済的発展と、健康の公平と、気候変動への対処の緊急てき必要性の間のバランスを取って進む世界的な協力の一部分をなすべきである。

「発展への新しいアプローチ」
委員会の仕事は発展への新しい接近方法を具体化する。健康と健康の公平はすべての政策の目的ではないかもしれないが、重要な結果はもたらす。
経済成長に与えられている政策の中心的に重要な地位について考えてみよう:経済成長は疑いもなく重要である。とくに貧困な国々にとっては特にそうである ―その国の国民の生活を改善に資する資源を作り出すという契機になるという条件において。しかし成長自体は、その利益の分配法において道理ある公正さを保障する適正な社会政策が同時に存在しないと、健康の公平にはほとんど利益をもたらさない。

伝統的に、地域社会は、健康と病気に関する利害関係を取り扱うために健康セクターを当てにしている。おそらく、ヘルスケアの分配の失敗(ケアを最も必要とする人にケアを届けないこと)は、健康の社会的決定要因の一つである。しかし、早い時期での死亡の原因になる病気への戦慄的な重い負担というものは、大半が人々が生まれ、成長し、生き、働き、老いる条件によって生じているのである。さらに、貧困で不公平な生活条件は、貧困な政策・計画、不公正な経済的取り決め、そして悪い政治という全体の帰結なのである。
健康の社会的決定要因に対する行動は政府全体、市民社会、地域共同体、企業、世界的なフォーラム、国際機関を巻き込まなくてはならない。政策や施策は健康セクターだけでなく社会のキーセクターを取り込まなくてなくてはならない。ということは保健大臣と彼を支える省は世界的な変革に直面しているということなのである。彼らは社会の最高水準で健康の社会的決定要因を擁護しうる、彼らは健康の公平を促進する政策創造のため他の省庁を応援しうる。WHOは、健康のための全世界的機構として、世界政治の舞台で同じ役割を果たさねばならない。

「この一世代で(健康)格差をなくそう」

委員会はこの一世代で(健康)格差をなくそうと呼びかける。それは期待であり、指示ではない。過去30年間に世界的に、国内的に劇的な健康の改善が起こった。私たちは楽観的である ―人びとの生命保持の巨大な格差をつくりだすものが何か、したがって健康の公平の著しい改善を作り出すにはどうしたらいいかのについての知識は存在する。私たちは現実的でもある ―行動はまさに今から始まるに違いない。国々の間、また国内においての不公平の総量を良い方向に解決するための素材はこの委員会報告の中にこそある。

「委員会の主要な勧告項目」

1 日常生活条件を改善しよう
 
 少女や女性のwell-being (幸福な生活)と、子どもが生まれてくる環境を改善しよう、子どもの発育早期と少女・少年の教育に重点をおこう、生活と労働の条件を改善しそれら全てを支える社会的保護政策を創造しよう、高齢者の生活を活発にする条件を創造しよう。これらのゴールに達するための政策は市民社会、政府、世界規模の団体を巻き込むものである。

2 権限、資金、資源の不公正な分配にぶつかっていこう

 健康の不公平と日常生活の中の不公平な状態の解決に着手するためには、男女間にあるような不公平の解決にも着手する必要がある。このためには、委任され、権限を与えられ、適切に資金を与えられた公共セクターが必要である。それを達成するには強化された政府以上のものが必要である ―必要なのは強化された「政治」である。すなわち合法性、領土を備えたうえで、公共的関心に合意し、共同行動のもつ価値に対して再投資する意味合いで市民社会や責任感のある民間セクターや人々に対して、各社会を横断して援助することが求められるということである。グローバル化された世界で、公正のために捧げられた「政治」の必要性は、地域コミュニティレベルから世界的組織に至るまで平等にあてはまるものである。

3 問題を測定し理解し、行動の影響を評価しよう

 問題が存在することを認め、健康の不公平が測定されるのを確実にすることは ―国内においても世界においても― 行動のための不可欠の宣言である。一国の政府や国際的組織は、WHOに支援されながら健康の不公平の日常的モニタリングのための健康の公平と健康の社会的決定要因の調査活動を開始すべきであるし、政策や行動の健康公平への影響を評価すべきである。健康の不公平のため効率的に活動する組織の空間や広がりを創造することには、政策作成者や保健実践者の訓練と健康の社会的決定要因についての、公衆の理解が必要である。公衆衛生調査において社会的要因にもっと焦点を当てることも求められる。

行動の3原則

①日常生活の条件=人々が生まれ、成長し、生活して、働いて、年取っていく環境を改善しよう。

②権限、資金、資源 ―上記の日常生活条件の構造的な推進力である― の不公平な分配に挑戦しよう。世界的にも、一国内でも、地域でも。

③問題を測定し、行動を評価し、基礎知識を拡大し、健康の社会的要因についてよく訓練された労働力を開発し、健康の社会的要因についての公衆の気付きを起こそう。

これら三つの行動原則は上記の三つの主要な推奨のなかに体現・具体化されている。委員会最終報告のエグゼクティブ・サマリーの残りの部分はこの三つの原則に従って構成されている。

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コメント

お願いがあってメールしました
研究協力者になっていただけないでしょうか?
http://sdh.umin.jp/
にあるように、厚労科研費の研究班で、SDHに関する海外文献を日本語に翻訳する担当をしています。
先生がブログで公開している
http://nodahiroo.air-nifty.com/sizukanahi/2010/02/post-a496.html
http://nodahiroo.air-nifty.com/sizukanahi/2012/02/marmot-review-8.html
の2本を見つけました。
先生に研究協力者になっていただき、これらを使わせていただけないでしょうか?
ご検討ください

投稿: 近藤克則 | 2012年11月13日 (火) 19時51分

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