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2010年2月17日 (水)

近藤克則『「健康格差社会」を生き抜く』朝日新書2010

身内の雑誌から上記の本の書評を頼まれた。

近藤氏には日本社会医学会総会を山口県小野田市で開いたときお世話になった。私の病院でも少人数相手の講義をしてもらった。

本は発刊時にすぐ読んでいたので、喜んで引き受けることにした。しかし、何かを書こうと思って読み返すと、最初に読んだ時には見落としていることが多いのに気付く。

手探りで一度読んで、全体の構造を見通しすことが可能になったうえで再読するとき、初めて「読む」と言えるのだろう。

書いたものは以下のとおりである。

近藤克則氏の前著「健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか」(医学書院)は広く読まれた。この本が「健康格差」という言葉を日本社会に定着させたといってよい。

またWHO欧州地域員会の「健康の社会的決定要因 

Solid Facts(確固たる事実)第二版」を手に取る人も増え、「ソリッド・ファクト」は私の属する民医連の中では流行語のように広まった。これらによって、人間が病気にかかり、健康を失っていく原因として、貧困や失業、不遇な子ども時代などの社会的決定要因が存在していることを私たちは知ることができた。

しかしそれでもなお、社会経済格差がどのような経路で健康格差につながっていくのか、また社会経済格差や健康格差はなぜ不正義なのか、さらに、どうすれば健康格差はなくせるのかを明瞭に説明できる人はいまだ少ないだろう。

それを解説した外国の著名な研究者たちの一般向け書物もすでに翻訳されており、それぞれすぐれた内容を備えているが、多くの人に読まれるには無理がある。

本書は新書版という読みやすいかたちで、「健康の社会的決定要因」を探究する学問「社会疫学」の成果を余すことなく伝え、上記の問題にも解答を与えようという野心的な試みである。説明は平易で、資料は最新のものが採用されている。まさに待たれていた書物と言ってよい。

論点は大きく3点にわたり、いずれも私たちにとって切実なものである。

第一は社会疫学の実証的部分である。低所得であればあるほど要介護状態になりやすく死亡しやすいことなど、著者の関わる愛知県での介護研究データが豊富に紹介される。これらは翻訳書にはない本書の特徴である。

社会格差が健康格差につながっていく経路も丁寧に説明されている。個人レベルでは生活習慣の違いでは健康格差の2割しか説明できない。心理的ストレスのほうが重要なのである。また、社会レベルでは、社会格差の勾配が大きくなれば社会全体の健康が損なわれるという「相対的所得仮説」が重要である。貧しくても社会格差が少なければ人々は健康でいるというのはキューバだが、格差拡大一途の日本は早晩に優れた健康指標を失うのではないだろうか。格差社会の中で失われるソーシャルキャピタルと相対所得仮説の深い関連もここで示される。

第二は「健康格差をなぜ問題にするのか」という政治哲学的問題である。これが重要なのは、格差を肯定する議論が日本社会にも存在するからである。著者は、基本的人権としての健康権は侵されてはならないこと、また、成人初期の不健康は「機会の不平等」であることを挙げて、健康格差は許されないと主張する。憲法25条の今日的意義がここで光る。

第三は社会政策論である。健康格差社会の中でどう健康を守っていくのか。当面の個人的ストレス対処能力向上法が説明された後、根本的な解決への道が示される。WHOも重視し始めた「健康影響評価」を引用して、政策全体を健康的なものに改善する道があるとことを著者は指し示す。これを敷衍していくと「ルールある経済社会」や「新しい福祉国家」のありかたも見えてくるはずである。

これらの論点を本書で学びながら、多くの読者は「well-being(幸福・健康)な社会に一歩一歩近づく」ことの展望を得ることができるだろう。一刻も早く多くの人の手に取られることを期待する。

書いた後で思ったことだが、 とくに社会格差から健康格差に至る経路を個人的なレベルと、社会的なレベルに分け、後者の仮説として「相対的所得仮説」と「ソーシャルキャピタル仮説」を挙げているのが印象に残った。

しかし、健康格差の因果経路の個人レベルと社会レベルという層別化は、よく考えるとそのメカニズムに違いがないことから、層別化すること自体に無理があるようにも思え、疑問が残る。

また、「相対的所得仮説」と「ソーシャルキャピタル仮説」間の関係だが、前者の証明に後者が用いられるのではないかと考える。

すなわち「格差の大きな社会では、ソーシャルキャピタルが低下することにより、健康格差が大きくなる」という因果関係である。

これが正しいとすれば、今回の再読の最大の収穫である。

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