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2010年1月 2日 (土)

2010年最初の読書 リチャード・ウイルキンソン「格差社会の衝撃」池本幸生ほか訳、書籍工房早山 2009・・・・「直観から科学へ 健康科学の発展」by Pseudo-Engels Noda

これまで、年末年始に発生した急患の緊急内視鏡を依頼されなかった年はほとんどない。したがって、たいていの場合、私は朝早くから出血性胃潰瘍の血液が溜まった胃を観察し、出血しそうな露出血管をクリップでつぶしながら元旦を迎えているわけだ。

今年もそうだった。

今日2日も2例目の吐血例の緊急内視鏡を終わったばかりである。

予想通りではあるが、一応予定外の仕事をしてしまったので、そのまま病院に残ってゆっくり読書して、場合によってはありうる再出血の急報にも備えようとパソコンの前に座っている。時々、思い出したように病棟に行き2,3人づつに分けて担当患者の回診をしては、パソコンの前に帰る。そういう正月である。

実は、別の入院患者の急性増悪で今日の未明から呼びだされて、その業務が終わった後の眠れない時間に、年末から読んでいた「格差社会の衝撃」を読み終えた。それから2件目の緊急内視鏡だったわけである。

聞いたこともない出版社が手がけているこの本自体は、九州社会医学研究所の田村医師が紹介してくれたものだが、著者の名前はマーモット「ステータス症候群」日本評論社2007 の次に読んだ「21世紀の健康づくり10の提言」日本評論社2004で知っていた。それはマーモットとウイルキンソンの共同編著だったのである。

ウイルキンソンは医師ではない。1943年まれの経済学者で経済史を専門としながら、社会疫学に移ってきた人である。訳者の池本幸生氏も医師ではなく1980年に京大経済を卒業した後、2002年から東大で開発経済学を教えつつ、ウイルキンソンを訳すことから社会疫学に足を踏み入れている人のようである。

そのせいか、医師であるマーモットさんの本を、やはり医師である鏡森さんが訳した「ステータス症候群」よりずっと読みやすい。(大体同じことを書いてあるのだが。)ただし、ところどころ訳がおかしい。動脈硬化による病気は普通「変性疾患」という言葉でくくられるが「変成」疾患と書かれている。3刷あたりで直しておいてほしい。

読みやすいと言っても、構成が緻密なのは「ステータス症候群」と同じなので、全体の見取り図を頭に入れておかないと、繰り返しばかりで退屈、という印象を持ちかねない。全体の見取り図が見えてくると、一見繰り返しに見えるところが、実はより深いレベルに進んでいるのだということが理解される。

訳者の池本氏もそれを気にしているようで「訳者あとがき」で詳しく見取り図に触れている。

ところで、私が最も気に入ったのは実は本文ではなくて、帯に書かれた「格差社会では、貧しい者も富める者も共に健康を害する!」という惹句と、カバー裏表紙の「人間は平等な社会に生きるように進化してきた」というデザイン的なフレーズである。

これを読んだとき、(漫画評論家・紙屋高雪氏が、超左翼おじさん・松竹伸幸氏の「レーニン 最後の模索」大月書店を読んで、そのブログに記した言葉を真似すれば)

「ウイルキンソンさん、あなたはまだ会ったことがないが、実は私のお兄さんではないのか!!」とつい呟いてしまった。

若い時、哲学者鈴木茂さんの「偶然と必然」有斐閣、言語学者尾関周二さんの「言語とは何か」大月書店 を読んで、①人間には社会的共同性という生得的な本質があって人類史とはその本質が実現していく過程である、また、②その本質は労働と言語を核として成立しているということをずっと考え続けた私には、③人間が基本的には後戻りすることなく平等な社会を作る方向に進化しているという発言は、ここに同志を見つけた!という気持ちをどうしても抱かずにはいられなかったのである。

例によってまえがきが長くなった。

以下にこの本の全体の見取り図を整理しておくことにしよう。

本書の構成

第一部 不平等は人間と人間社会にどのような影響を及ぼすのか

1:(2章)不平等≒所得格差が大きくなると、社会関係が悪くなる(=社会関係資本が乏しくなる。)そして暴力犯罪や殺人が増える

2:(3章)社会関係が悪くなると個人の心理社会的リスクが増大する。心理社会的リスクのなかで主要な3点は

①社会的地位が低く見下されている感じ、従属させられている感じ 

②友人がいない 

③子供のころに優劣順位に敏感な対社会的態度が身につく ということである。

社会的地位が低いと感じさせる最大の要因は大きな所得格差である。

3:(4章)個人の心理社会的リスクは、ストレス作用を通じて死亡や健康破壊につながる。

したがって①不平等な社会ほど、社会関係が悪く(=社会関係資本が乏しく)、

②そのため人々の心理社会的リスクは高くなり、

③それによるストレス作用の持続のため死亡率が高くなり、健康状態も悪化するということが導かれる。

第二部 第一部の確認

4:(5章)「暴力犯罪がなぜ起こるか」 不平等や社会的地位が低いという自覚が人々の自尊心を傷つけることにより暴力犯罪は生じる。

5:(6章)所得格差が大きいと人々は「優位戦略」を取り始め、「親和的協力戦略」は影をひそめる。不平等が社会関係を悪くするのであって、社会関係が悪いから不平等が起こるのではない。

6:(7章)「優位戦略」の影響で人々は、上位の者にはへつらい、下位の者を攻撃するという「自転車反応」を見せ始める。人種差別、女性差別は「優位戦略」の影響下に顕著になる。

7:(8章)人類は、不平等社会だったかもしれない原人時代を経て、狩猟採集時代には長い平等社会を作り、その後人口が増えて農耕を始めなくてはならなくなった時代に再び不平等社会に移った。

人類社会は環境によって平等社会にも不平等社会にもなる可能性を秘めている。

個体としては子供のころの体験からどちらにも適応できるようになる。

不平等社会は優先順位によるストレスが大きく心臓血管系や免疫系に悪影響がある。

8:(9章)不平等社会の不健康を生み出す心理社会的リスクを克服する方向は、フランス革命で示された「自由(=不従属)、平等、博愛」とまったく一致する。

人類が直観的にとらえていた平等社会が備えるべき諸側面が、今日では科学的に証明されているということである。

「直観から科学へ」である。

9:(9章の結論部分)人類は平等社会でしか健康に生きられない。

人類は、不平等社会にも平等社会にも向かう生得的な可塑性を持ちながら、自らの意思で平等社会を作ることを選択している。

これは逆戻りすることのない人類の進化である。

その具体的姿が経済民主主義である。経済民主主義は、不平等へ傾斜する市場と共存しなくてはならないが、生活・生産協同組合や、従業員持ち株制度を発展させることによって可能になるだろう。

訳者あとがき:不平等をどういう指標で測定すればいいのだろう。所得は測定しやすいから頻繁に用いられるがそれだけでは人々の多様性を見逃してしまう。各種の健康指標、社会関係資本の大きさ、主観的健康感などが用いられるべきだろう。アマルティア・センは、自尊心を重要な尺度して捉えた。

*(これに関する私の感想)センの主張する平等の尺度「潜在能力」の中には、確かに自尊心が満たされていることも入っているのだろう。センのロールズ批判の中心は、ロールズの平等尺度が所得に傾き過ぎているというところにあった。分配だけでなく、生産時点での主体性をセンは主張したかったのだろう。ロールズもその批判をすぐに受け入れた。

**分配段階より生産段階での平等という発想は、不破さんが「ゴータ綱領批判」で行ったレーニン批判と同質のものだという気がする。なぜセンと不破さんが、全く別の方向から同じ結論に達したかは、二人に聞いてみたい気がする。

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