« 渡辺公三「闘うレヴィ=ストロース」平凡社新書、2009 | トップページ | 1968年の意味 私のブログの古い記事を読みなおす »

2009年12月20日 (日)

12月19日の日記

会議後の恒例の深酒のためか東京のホテルでは4時30分に目が覚めた。

6時のアラームを取り消して本を読む。2日前に買った伊藤誠「『資本論』を読む」講談社学術文庫2006と、加藤周一著・小森陽一/成田龍一編「言葉と戦車を見すえて 加藤周一が考えつづけたこと」ちくま学芸文庫2009である。

前者は宇野弘蔵の影響が強い人のようだが、序で「不破哲三は、理論的政治家として、一連のゼミナール・講義をおこない『「資本論」全三部を読むをとりまとめている」と、不破さんのことを好意的、少なくとも中立的には扱っている。記述も分かりやすいので、割と短期間で読めそうな気がした。

後者は、「天皇制を論ず」1946から始まっている。平凡社の「加藤周一著作集」で読んだはずだが、編集やこちらの年齢が変わればまったく初めて読む文章のように思えてしまう。60年以上前の文章だが、問題は現在に共通していることが痛切に感じられる。この本もおそらく一気に読んでしまうだろう。

そんなことを考えていると次の会議への出発予定の6時30分が迫ってきた。

未明に近い早朝の街を歩いて駅に行く。医科歯科大の高層ビルが朝日に輝いているのをしばらく眺める。毎日この時間のこの風景はあるのだろうが、出張の移動の時くらいでないとそのことに気付かない。

がら空きの電車で東京駅へ。

新幹線からは早朝の富士山が見える。青空にくっきり立っているが、白い部分が多い上に頂上には雲のように大きな雪煙がある。ここで片山右京が部下二人を死なせたばかりだと思いながら見る。

名古屋付近から次第に雪。岐阜羽島からはっきり積雪。関ヶ原あたりは30cmくらい。山の方に消えていく道には車の跡はない。

それが彦根を過ぎると全く雪は消え、小春日和が京都を覆っている。姫路を過ぎると再び厚い雲。11時に岡山駅に降りると東京の朝よりはるかに寒い風が吹いている。それから、少しだるい会議をして、午後7時宇部着。

そのまま病院の忘年会に出た。

忘年会では、上から下まで内から外までユニクロに固めている私に、服を買いに行くと一回必ず30万円かかると語る人がいて、彼我の境遇の違いについてしばらく考えたうえで、早めに退出したのであった。

|

« 渡辺公三「闘うレヴィ=ストロース」平凡社新書、2009 | トップページ | 1968年の意味 私のブログの古い記事を読みなおす »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 12月19日の日記:

« 渡辺公三「闘うレヴィ=ストロース」平凡社新書、2009 | トップページ | 1968年の意味 私のブログの古い記事を読みなおす »