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2009年11月10日 (火)

患者の通院手段を論ず・・・没原稿になるのか?

もう3年前になるが、学外実習でやってくる医学生に「患者中心の医療」に沿って、医師が捉える『疾病』だけでなく患者の『病い体験』」を把握することの重要さを繰り返し説明してきたのに、自分自身の外来はそうはなっていないとある日気づいた。


 たとえば、外来患者さんにとって通院という行為が日常生活に与える負担や影響に関心を向けていただろうか。

そこでその日は通院の交通手段を全員に訊いてみることにした。

そうすると、別の話が溢れるように湧いてきて、これまで知らなかった患者さんの生活像がいろいろ窺えた。

それはこれまでの私の外来がどんなに貧しいものだったかの証拠だった。


 どういう話を聞いたのか、カルテの中だけに残しておくのももったいないので、幾つかをここに書いておきたい。

時々喘息を起こす70歳代女性。歩いて通院しているが息切れが強い。何とかならないかね。20年以上、宇部興産工場の構内で、『はつり』作業の「手元」をしてきた。粉塵は浴びるほど吸ったよ。

②60歳代の元製薬会社社員夫婦。

退職後は海外旅行が生きがいで体力維持のため歩いて通院。最近はエジプトとトルコに行った。

エジプトには観光警察があり治安は悪くなかったが、カイロは都市機能が低く、交通信号がないのに驚いた。

設計事務所の代表取締役。88歳だがまだ現役。

後継者だったはずの息子は15年前に事故で死んだ。

それは今でも残念でならないが、今は老人病院にいる寝たきりの妻を看取るまでは元気でいようという気持ちで、気力を振り絞ってタクシーで通院している。

川上村在住のじん肺の60歳代男性。2時間かけて奥さんが運転する車で来る。

部落には家は15軒しかない。老人の一人暮らしが多く、助け合わないと生きていけない。家内が一人暮らしのおばあさんを車に乗せて近くの診療所まで運んでいくことも多い。

その後のこと。

 環境学者安井至さん(国連大学副学長)のサイトによると、

カイロの交通信号は都市機能というより交通思想の問題であるらしい。

エジプトでは交差する道路には必ず主道路と副道路の順位が定められており、

副道路側の車は必ず右折して主道路に入り、どこかでUターンし、

先ほどの交差地点で右折すると、副道路に帰ることができるというわけである。

日本のほうが、信号に頼りすぎているわけだ。

 設計事務所代表の老人は、半年後に奥さんが亡くなり、通院が中断した。

看護師の訪問には「子どもたちが交代で来てくれるが、夜は一人で寂しい」と答えた。

何度勧めても受診せず、2年半ぶりに食事が胸を通らないという訴えで来院した。

進行した食道癌だった。

積極的な治療は希望せず、入院して中心静脈栄養を行うこととした。

最後はごく少量のモルヒネとステロイドで特に苦しみもなく、

娘さんが持ってきた花が綺麗だと話した数時間後に亡くなったそうだ。

そうだ、というのは私はその日、診療所にいて立ち会うことができなかったからである

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