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2009年11月14日 (土)

医師教育 ロール・モデル論への疑問

今日、漫画評論家・紙屋高雪氏を招き、こうの史代作品「この世界の片隅」を材料にしながら、戦争体験継承の重要性、および、こうの史代がそのために切り拓いた新しい方法論についての講演を聞いた。そのことは、また別の機会に詳しく書きたい。

講演を聞きながら、主題とは別に考えていたことがあるので、忘れないうちにここに書き残しておきたい。

いま、医学教育の中では、「反省的実践家モデル」というのが好評である。科学法則やマニュアルはつねに参照しつつも、それによるあらかじめ定まった解決方法があるとはしないで、人間の多様な条件に応じた臨機応変の問題解決に努めながら、事後に反省を繰り返して成長していくというものである。人間を対象にした仕事の特殊性によるものだろう。学校教師などもこの方法で成長していくらしい。

その時の有力な反省法というのが、印象的な出来事分析(significant event analysis,SEA)である。また、そういうことを進めるときには、手本になる先輩としての具体像、すなわちロール・モデルが重要だとされている。

これらは、話を聞く限りではいちおうもっともだと思うが、それを自分に置きなおしたときに、どうもしっくりこないものがあることに気付く。

これらはやはり、米国からの直輸入品であり、そうした場合に多い社会性の欠如という弱点があるのではないだろうかというのが、私の抱く疑問の中心点である。

特にロール・モデル論は要注意ではないか。

私自身は決して自分を民医連の成功作品だとは思えないが、それでもあまり悩むことなく、民医連運動に30年以上従事し、休むことなく医療活動を続けることができた。

振り返ってみて、苦しいとき助けてもらっていくら感謝しても足りないと思う人、その行動にさまざま感化を受けた人はたくさんいたが、この人のようになろうというロール・モデルらしい人はいなかった。これは謙虚さのないことの自白なのかもしれないが、やはり、そう思う。

私を民医連にひきつけていたものは、民医連外にいる、あるいは医療の外の世界にいる、より厳しい状況の中で苦闘している同世代の人たちへの共感だった。彼らに負けないように、彼らと連帯できるように、自分は民医連で、医療の世界でがんばろうとおもったのである。民医連内のロール・モデルを探して生きがいにしたことは実は一度もない。

いま、私たちにとって後継者づくりと言えば、時間軸で上位にある自らをどうロール・モデルとして完成させていくかにかかるように見えている。

それは違うのではなかろうか。医師になることが決まって、医療以外の世界が見えなくなっている青年たちのなかに、全く境遇の違う同世代の青年への連帯感が生まれてきたとき、後継者が生まれるのではないだろうか。

私たちが、もし何か彼ら後継者候補に教えられるものがあるとすれば、、医療の外の世界への目の開き方ではないのだろうか。特に、医学生、研修医については、残酷な労働条件の中で働きながら生きている同世代の青年との交流こそが彼らを成長させるのではないだろうか。

具体的な医療の勉強法は、もう十分にマニュアル化されていて、教えるつもりでいるものより教えられるはずのもののほうがすぐれていることが多い。このことは、実は昔からそうだったのである。

この主張もまた、私自身をモデルにしたロール・モデル論の変形にすぎないといわれれば、それまでのことであるが、一般的に唱えられているロール・モデル論とはかけ離れるだろう。

漫画評論家でもあると同時に青年運動論の専門家である紙屋氏の、その立場は明らかにしない講演のなかで、「継承」という言葉を手がかりに、私はそういうことを考えていたのである。

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