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2009年10月25日 (日)

どれくらいのスパンで歴史を捉えるのか

昨日、民医連の大山副会長を山口県宇部市まで講演に招き、その後雑談したときの私の考えたこと。

上記に関して今思いつくモデルは二つくらいしかないのだが。

一つは日本の封建革命。

もう一つはフランスの市民革命。

前者は12世紀終わりの鎌倉幕府成立から17世紀初めの江戸幕府成立まで約400年革命が断続的に続いた。その後19世紀まで250年の安定した江戸時代が訪れた。

そのあと、日本社会の内発的変化というより、16世紀に西ヨーロッパを源としながら生じて地球上に拡大しつつあった世界資本主義システムの波及に巻き込まれることにより、日本国内は市民革命の時代に入った。

この世界資本主義システムが、世界史の必然ではなく、大航海の成功によって偶然の1回きりの現象として生じたと主張する人もいる。西ヨーロッパがアメリカという自由に収奪できる大地を発見して生産力が飛躍的に向上し、資本主義が突如生じたのであり、ヨーロッパ社会の封建主義から資本主義へという内発的発展など後知恵にすぎないというわけである。

それはそれとして、日本の場合を単純化すればベクトルの合成である。日本社会が内側から変わっていこうとする固有のベクトルと、世界史が日本社会を変えようとするベクトルとの合成。

歴史の変化は国内に限定されての内発的なものとは限らず、かならず世界的な国外からの影響が働く。しかし、何から何へと変わっていくかについては、社会レベル、世界レベルでそれぞれ違うにしても、各社会間、または社会と世界に大きくは共通した法則性があるのではないだろうか。

部族社会がヨーロッパの植民地となって資本主義システムの一部に組み込まれ過酷な収奪にさらされる、しかしそのシステムの一瞬の緩みを突いて独立し資本主義システムから一旦離脱する、その後再び資本主義のシステムと連絡を取り外国の投資を受け入れ市場が復活する。こういう場合、この社会の内発的発展を追うことは困難だが、ていねいに追って行けばこの社会固有のベクトルは取り出すことができて、他の社会と比較可能になり、固有のベクトルに働いた世界システムのベクトルも明らかにできるはずである。

その後の日本では明治維新以来、第2次大戦終戦による大変化も含め、市民革命が続行中である。あと100年くらいは続くのではないか。日米軍事同盟が解消され、東アジア共同体が完成すると革命は完了の可能性を見せる。* それから相当長い資本主義の安定期に入って、社会主義が現実的なテーマに上ってくるのは、その安定期の中のことだろう。

*日本共産党は、将来来るだろうこの時期の社会を「ルールある経済社会」と呼んでいる。同様の内容で現在すでにヨーロッパで成立している「ルールある資本主義」と変わらないが、民主主義革命を担う政府がこれを実現するため日本ではより徹底的なものになるので、あえて「資本主義」とは呼ばない。こういうずっと先のことになりそうな、そして実際にはどうなるかもしれない不確かなプログラムの各段階に対する細かな用語の区別は、講師試験の問題には役立ちそうだ。「民主連合政府と民族民主統一戦線政府の違いは何か」という問題の答えを丸暗記しようとしている人が以前はいた。

一方、フランスは18世紀の終わりに市民革命がはじまり、約2世紀にわたって断続的な市民革命エピソードがおこり、20世紀末のEU成立で革命は一応完了した。EUが資本主義世界の中でも労働者や国民の権利を守るルールの発達という点で、特別進んだ地位を占めていることはもはや常識であり、今後は安定したルールある資本主義時代に入っていく。2003年のイラク戦争でのきっぱりした反対姿勢がその証拠のように見える。その安定の時期は最低1世紀は続くのではないか。

「それを言うなら」と同席したF君が言った。「原始共産制時代は数万年続きましたよ」。「長いスパンでものをいうのは別に珍しくはない」

なにも考えの珍しさを競っているのではないから、それでいいのではないか、と私は思った。

生産力の上昇の速度が確かにだんだんと早くなるのでスパンはどうしても短くなっているが、今はまだ数百年単位であることは間違いないのではないか。

こんな話はあくまで素人の言う根拠に欠ける話しであり、他の人には検討にも値しない考えだ。しかし、私一人の生き方をとれば、私が見通しをつける責任がある。根拠を見つけようもない時は、自分の持つ枠組みで解決するしかない。

根拠が不十分でも行動しなければならないときのための、考える枠組みのことを、理念とか思想というのかもしれない。

それによる結論が私の行動の基礎とならざるをえないこともあるので、あえて記録しておいた。

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