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2009年10月30日 (金)

恐慌のメカニズムと創造の三角・・・不破哲三「激動の世界はどこに向かうか 日中理論会談の報告」新日本出版社2009 

2009年4月、北京で行われた第3回目の日中共産党の理論会談の記録である。

「最後に」、という章で、不破さんは二つの党が「二つの文明」と言ってもいいほどカラーが違うことを述べている。そういう違いを踏まえての多岐にわたる中国側の質問に答えての説明なので、分かりやすいこと、面白いことは、国内の発言を集めたものとは段違いである。

2008年9月11日のリーマン・ブラザーズの破綻以来の世界恐慌を、金融恐慌というのみでなく、本質は過剰生産恐慌だと論じるところから話が始まる。

ここは、不破さんが、2008年の金融恐慌をマルクスの恐慌論そのものでなく、マルクスの恐慌論の可能性から探り当てたところである。

恐慌に関するマルクスの理論的解明の第一の柱は、資本主義における恐慌の可能性(G-Wと W-G’の分離、すなわち商品を作っても、それを売ることができるかどうかは大げさに言えば命がけの飛躍になる)、第二の柱は資本主義によって恐慌が起きる根拠(商品購入者としての労働者の購買力が、商品生産に追いつかない傾向が絶えずあること)である。それだけではある時に急激に出現する恐慌が実際になぜおきるのかを説明しきれないと不破さんはいう。

マルクスの恐慌論の第三の柱は、恐慌が実際に生じるメカニズムであり、それは恐慌論の最大の難問だった。しかし、それは、資本論の中に分かりやすい形で述べられているわけではなく、恐慌に関するマルクスの発言の断片をつなぎ合わせても再構成することはできない。

しかし、マルクスが考えていたことを丹念に追っていくと、商人資本が商品購入者である労働者をあおり立てて架空の需要を作り出し、産業がそれに応えて過剰生産に走ることが恐慌が実際に生じるメカニズムなのだということが浮かびあがてくると不破さんは言う。

マルクスの時代における恐慌実行犯は商人資本だったが、今回の恐慌の犯人は貧しい労働者に住宅購入をあおりたててサブプライムローンを大量に編み出した金融資本だったわけであり、そのせいで金融恐慌と思われやすいが、実際のところは産業側が架空の住宅需要とその関連需要に踊って生じた過剰生産恐慌だったのである。

そういう話から始まってどこも面白いのだが、2点だけとびきり面白いところを挙げておこう。

一つはラテンアメリカの革命をどう見るかという話である。

ラテンアメリカの左翼政権をみると、どこも主力が科学的社会主義やマルクス主義の立場からは離れている。正統マルクス主義者からみると、なんか変なのが政権をとってしまっているぞ、というわけである。

それを日本共産党としてはどう見るのか。

ここで不破さんは、1871年のパリ・コミューンの例を挙げる。パリ・コミューンの主力はマルクスとは全く考えが違う小市民的なプルードン派や一揆主義のブランキ派だった。指導部にマルクス主義者は一人もいなかった。しかし、マルクスは、コミューンの実際の行動を最大限に評価した。マルクス主義派がいないので無意味だなどとは微塵も考えなかった。

「共産党がいないところでも新しい革命が生まれるし、科学的社会主義の知識がなくても、新しい社会の探求に進み出るのに不都合はない」と不破さんは言いきっている。1871年のマルクスの目で、世界を見ることが必要だ。

特にラテンアメリカの左翼政権が全て、選挙での多数を獲得しての政権であることを重視している。ベネズエラのチャベス政権は1998年の大統領選挙から16回の投票を重ねて国民の信任を得ている。その中には、軍事クーデターと石油クーデターに対する勝利があり、大統領の任期延長をかけた憲法改正国民投票での焦り過ぎによると思える敗北も含まれている。

ここは私の感慨だが、ゲバラは、ラテンアメリカ全体での革命の勝利がなければキューバ革命の成功はないと信じていて、それは正しかったが、当時の彼には武装ゲリラ闘争しか手段がなかった。彼の死後50年近くなって、全く別の道で彼の願望は果たされつつあるわけである。

しかも、その方法は、日本共産党のいう人民的議会主義にきわめて近い。不破さんがラテンアメリカの左翼政権に強い興味を寄せるのも当然である。

もう一つは、革命が実は相当に長期の、世代から世代にわたる社会変化だということを不破さんが強調しているところである。資本主義勢力と、社会主義をめざす勢力の共存がゆうに一世紀にわたるだろう。なぜなら共存する資本主義が時の進みを遅くするのである。

そういう中では、社会主義と革命の精神を次世代に引継ぐことが難しいという話が出てくる。これは中国が世界で最初にぶつかっている問題で、もしこれを解決してくれれば、自分達にとってどんなに役立つか知れないとも不破さんは言っている。

中国と違って、資本主義国では、たえず資本主義の害悪を国民が経験するから運動の継続はさほど困難ではない、と不破さんがいとも楽観的に考えているのがうかがわれるが、それはそれとして、資本主義国内の運動体の中ではその継続はやはりある程度の困難さが生じているのを、私としては考え込んでしまう。

民医連のような経済事業を行ないつつ運動するというスタイルの運動体は特にそうである。同じ資本主義国の中といっても、創設時と今では情勢が相当に違い、運動をそのままの形で次世代に渡すことはほとんど無理である。

中国も民医連も同じような悩みがある、それはまだ解決されていないということがいえるのではなかろうか。恐らく、中国も民医連も、中国だからこそ成功している、民医連だからこそ成功しているという成功体験が実感をもって、国民や、職員に蓄積されないと、後継者問題は解決しないのだろう。中国に生まれなければ、騙されて民医連に就職しなければと、国民や職員が思っている限り、後継者問題は解決しない。

これは私にとっては格別興味深い話題だった。

最後に、不破さんの中国観が述べられているところがあり、それが、社会主義への道の多様さ・複雑さを表現している部分でもある。

「中国という社会の経済的土台には、社会主義をめざす部門とならんで、外国の資本や中国の資本による資本主義部門が明らかに存在している」

「土台に資本主義部門が存在する限り、上部構造、国民の意識・気分、社会思想には必ず影響が生まれる。」

「いくら憲法に社会主義と書いていても、資本主義に引かれる考え方、気分が必ず現れる」

「それは土台に作用して、土台の社会主義部門を腐らせる可能性がある* 野田要約

大胆な忠告である。

それは、マルクス・エンゲルスが早くから予想していた、資本主義の発達が弱い国々で、資本主義の道をそのままは通らないで新しい社会形態に進むという道、実例として中国、キューバ、ベトナムが現れたわけだが、その道における実際の複雑さ、困難さの率直な指摘なのだろう。

これはラテンアメリカ諸国の左翼政権にも共通する問題で、これらの国々の交流から、全く新しい、20世紀マルクス主義とは違った21世紀マルクス主義が誕生してくるきっかけになるのではないか、とも思われる話である。

それは同じ国内に合法的に資本主義部門と社会主義部門が共存して、合法かつ民主的な方法で長期間にわたり資本主義部門を規制していくという課題を抱えたマルクス主義である。

同じような課題は、日本で非営利・協同のセクターを拡大することにより、大企業を規制し、政府部門を国民のほうに顔を向かせようとする私たち民医連の創造的作業の中にもある。

そこで、中国ーベネズエラー全日本民医連という、創造の三角が私の思い描く世界の中に誕生するのである。

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