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2009年10月21日 (水)

ブレヒト「異端者の外套」・・・加藤周一「小さな花」かもがわ出版、2003

高校1年の時だったか、学校の講堂で、早稲田大学に進学した先輩たちの企画で同大学の教授の講演を聞く夕べがあった。

おそらく大学の宣伝も兼ねてのことだったのだろうが、これが私が「講演」というものを聴く最初の経験となった。

2階席から遠くに見えた講師の教授の名も憶えていないが、憶えているのは、その中で紹介された1600年ローマの宗教裁判所により火刑に処されたジョルダーノ・ブルーノという地動説の先駆者と、彼の購入した外套をめぐる短編小説のあらすじである。

ヴェネチアで逮捕されて異端を厳しく究明する8年間の宗教裁判が始まる直前、ブルーノは外套を仕立て屋に作らせたままでまだ代金を払っていなかった。

買い主が逮捕されたため代金を請求できなくなった貧しい仕立て屋夫婦のうち、夫はブルーノの関係者と見られて殴られるという経験をしていたため関わることを避けたが、ブルーノを知らない妻はいきり立ち、裁判所に猛烈な抗議をする。ブルーノもそのことを知って八方手を尽くすが、さまざまな妨害により代金を払うことも受け取った外套を返すこともできなかった。

ヴェネチアからローマに護送される朝、仕立て屋の夫のもとにようやく外套が返される。とりわけ小柄な彼の外套は返却されても価値はなかったのだが。

使者は夫に、ここ2週間の激しい尋問のさなかブルーノが外套の代金のことばかり心配していたこと、そして、真冬にヴェネチアからローマに歩く今こそ彼には外套が必要だったのだが、と語る。妻はそれを立ち聞きして何か感じるところがある。

この話は私に強烈な印象を残し、なんとかその小説を読んでみたいという気にさせた。しかし、迂闊にも何のメモも残していなかったので、ゴーゴリの「外套」を(これは違う)と思いながら読んだり、一般的なジョルダーノ・ブルーノの伝記を調べただけにとどまった。

ところが、つい昨日のこと、乱雑さも限界にきた書棚を整頓していて、加藤周一の上記の小さな本を見つけ、その中にあの時から探していた小説をついに見つけたのだった。

加藤さんが折々に気に入ったものを翻訳したものの一つということだった。その短編小説「異端者の外套」の訳は1956年1月に雑誌「群像」に発表されている。上記の教授もそれを読んだのかもしれない。この短編も含まれるブレヒトの作品集「カレンダーゲシヒテン」についてはいつか全体を訳すつもりだ、と書いてあるが、その計画は実行されなかったのだろう。これからも実行されることはなくなってしまった。

この小説はとても面白い。私の中では、李恢成「見果てぬ夢」、野上弥生子「迷路」、堀田善衛「記念碑」連作、ガッサン・カナファーニー「ハイファに戻って」、のグループに入る。前3者はかなりの長編で比べるのも変だが、読後感では類似している。

しかし、ようやく巡り合った小説を読み終えて、少し気をつけねばならないことがあるように思えた。

小説に親しむ程度に生活に余裕がある人は、自分をジョルダーノ・ブルーノに重ね合わせて読んでしまうのであろう。特に医師などになると、たとえば自分が論文を書いたり学会発表で忙しい時にも、目の前の患者の(小さな)苦しみに誠実でなければならないという教訓を読み取るかもしれない。

それでいいのだろうか?

自分と重ね合わさねばならないのは、むしろ仕立て屋の老妻なのだろう。生活に窮しているばかりに、ことの本質を見抜けず、迫害される正しい人を責め立てる庶民が私なのだ。それでも、ブルーノのような人に接していくうちに、真実の切れ端でも感じることはできる。その可能性が希望なのだろう。

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