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2009年9月24日 (木)

9月17日ー23日の記録・・・自己決定権・水俣・読書

9月17日、全日本民医連理事会のため宇部から東京に出張。今回は4泊5日の長い出張である。

17日夜は、北海道・恵庭の若い家庭医・小嶋一(はじめ)氏の話を聞く。日本の家庭医の家庭医たるゆえんは、「アメリカで家庭医のコースを終えたこと」であるという皮相な結論を得る。

18日夕方、倫理学者 小松美彦氏(東京海洋大学)の臓器移植法改定についての講演を聴く。自己決定権尊重に潜む陥穽(落とし穴)の示唆を受ける。

夜、東大・本郷に同じく倫理学者 川本隆史氏を訪ねる。お会いするのがまだ2回目で、一人で行くのに少し臆したので、全日本民医連副会長の小西氏(福岡)と早川氏(愛知)の同行をお願いした。初めて見る東大構内を案内してもらったあと、近くで会食した。この場には 同じく倫理学者 清水哲郎氏(東北大退官後、東大へ)も同席していただく。話が面白くて12時に及んだ。

19日、熊本空港を経由して水俣に移動。ひなびた温泉旅館で露天風呂に入る。

20日、午前は、不知火海沿岸水俣病大検診に参加するため、水俣協立病院に行く。要員と受診者と報道で小さな病院はごった返している。その中で初めて岩波新書「水俣病」の著者・原田正純氏を見、写真を撮る。

診察は福岡民医連所属、74歳の佐野先生の隣のボックスとなる。佐野先生は、以前は熊本民医連にいて水俣病診療の経験も豊富なので、その診療ぶりを見学して手本にする。

佐野先生は熊本大学出身でもともとは病理医だった。

「水俣病研究で学位(博士号)をとった人は何人もいるとですよ。ビタミン不足やらウイルスが原因だといってね。」

「そういう人はメチル水銀が原因と確定した後、自分の学位返上を申し出たのでしょうか」

「そんな人は一人もおらんとです」

間違った原因を主張した論文で博士号をとって開業の道具としながら、現在の水俣病患者救済には冷淡、という医師も存在するのかもしれない。

午後からは、翌日の21日まで水俣郊外の温泉宿で、全日本民医連の医療活動方針と医師養成方針を論議する熱い合宿。私自身は3本の文章を用意し、うち2本について比較的長く時間をもらって解説できた。

22日、23日は読書。川本氏にいただいた同氏訳のセン「合理的な愚か者」はやはり難しく時間がかかりそうだ。そこで、読んだものの中で主なものを挙げると以下の5点。

①川本隆史「共生から」双書哲学塾 岩波書店 2008 これは再読。小西副会長が川本氏から贈られてすぐに読み「すがすがしい気持になった」と語ったのに刺激されたため。

②竹内章朗「新自由主義の嘘」 双書哲学塾 岩波書店 2007

③五十嵐 仁「労働再規制―反転の構図を読み解く」ちくま新書2008

④大江健三郎「定義集」朝日新聞9月22日朝刊 「文化は危機に直面する技術」

⑤加藤周一「語りおくこといくつか」かもがわ出版2009 の残り。特に木下順二「巨匠」論、丸山真男論。

これらを読みながら考えたことは多くあるが三つだけ記録しておく。

Ⅰ 民医連のスローガン「無差別平等の医療を」は陳腐化している。正しくは「無差別平等の社会を作り上げる医療を」とすべきではないか?

Ⅱ 凡庸な医師が「民医連医師」になるのに必要なのはロールモデルではない。必要なのは「危機」なのだ。たとえば一度得た医学博士号を返上しなくてはならないと決意させるような危機である。

Ⅲ 共生・共同は、異種の生物間に見られるときと同様に、人間においても遺伝子に刻まれている生得的な属性である。

いずれも論争的な考えなので、これから、ゆっくりこの数日の体験と、これらの考えの関連について語りたい。

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