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2009年9月15日 (火)

不破哲三「21世紀の世界と社会主義 日中理論会談で何を語ったか」新日本出版社2006

2005年に行われた日中共産党理論会談の模様を報告した講演録である。

今年2009年、2回目の理論会談があり、それもいずれ出版されるだろうと考え、それを読む時の用意に、この本を買った。

大体は、2005年当時しんぶん赤旗で読んでいるので、あまり新鮮味はない。

それに、不破さんは面白いことをつまらなく語る才能がある。

というわけで、購入して読み終わるまで一か月かかった。

何か感想が書けるという性質の書物ではないのだが、いくつかメモしておこうと思うところがあった。

*市場経済を通じて社会主義に進むという考え方は、マルクスにはなかったもので、レーニンが10月革命のあと、苦しい試行錯誤を経たうえで、革命4年後の1921年に踏み切った新路線だった。その後、スターリンがこれを乱暴に中断し、現在までも、この道を歩きとおした国はない。日本共産党は、この道を日本の条件に合致する社会主義の合法則的な発展方向だと考えている。(219ページ)

*発達した市場経済の中に社会主義的性格の部門が生まれ、その部門と従来から存在する資本主義的性格の部門が相互に競争し、社会主義的性格の部門が競争の中で発展拡大していく、社会はこのようにして資本主義的性格から社会主義的性格へと次第に変化していく。(220ページ)

*社会主義経済が完成した後、市場経済がどうなるかは、一つの問題。マルクスは社会主義社会でも、価値規定は有力な作用をすると言っている。市場の調節能力は社会主義経済でも有用なのだろう。

*2004年1月の綱領改定に際して、「ゴータ綱領批判」の読み方におけるレーニンの誤りを発見し、未来社会が、社会主義社会と共産主義社会の2段階に分かれるという定式を廃止した。それはそれでよかったのだが、廃止したところで、共産主義と社会主義のどちらの言葉に統一するか困ってしまった。社会主義という用語をやめてしまったら、社会主義と日本共産党の関係が分からなくなる、共産主義という言葉をやめてしまったら、共産党という党名を変えないといけなくなる。結局、どちらを使ってもいいということにしてしまった!!

*マルクスが未来社会の分類をしたのは、生活時間である。生きていくのに必要な時間を「必然性の国」と呼び、人間的な発達のためにある時間を「自由の国」と呼んだ。食事は「必然性の国」のできごとであり、読書は「自由の国」の出来事である。必然性の国は小さくなればなるほどよい。

・・・これはエンゲルスがヘーゲルにならって使った「自由とは必然性の洞察である」という有名な言葉とは全く違った範疇の話なので混同しないこと。

というわけで、細かく読むと結構面白い。

中国で富裕層が急増している現象を、世界銀行も認める中国経済の成功であると不破さんは表向き誉めている(世界銀行総裁が不破さんにとってどういうものだろう、その発言を肯定的に引用するはずがないものである)のだが、「その成功が民心をつかんでいない」、「中国国民は誰も社会主義が成功したから豊かになったと思っていない」ということを何度も噛んで含めるように教えている。

そう思っていないのは中国国民だけではない。日本国民も、アジア諸国の国民もそう思っていない。だから、中国でどんな大きなビル街ができようと、新富裕層が大挙して自分の国に買い物に来ようと、社会主義がよいとは思わないのである。

結局、これは、「いまの中国がせっかくの革命を生かしきれていないから、アジアで社会主義が人気がないのだ」と言っているのと同じことである。

だからといって、中国の将来が駄目だというわけではない、これからの頑張り次第だとはげましているのが不破さんのいいところである。

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