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2009年8月26日 (水)

主流ではなくても、理解を示す少数者を

私の病院の医師不足も極限に近くなってきた。

それも周囲の大小の病院が夜間の救急医療を放棄し始めた中でのことである。新鮮な脳卒中や心筋梗塞を引き受ける専門病院があるのだが、そのほかの病気、たとえば老人施設での心不全や肺炎や消化管出血、市中の薬物・アルコールがらみのごたごたは、私たちの病院に集中する。

高齢者医療や、生活困難者の援助はこれまで得意としてきたことであるので、そのこと自体はある意味喜ばしい。しかし、問題は私たちのマンパワーの急速な低下なのである。

こちらも次第に高齢化する中でこれらの仕事を続けるのは辛い。未来につながる希望がないような気がする。

解決法は簡単だ。私たちの医療を理解してくれる若い医師さえいてくれればそれでいいのである。

そこで、医学生に働きかけようという話になるのは自然の話である。そして、なんとか医学生と同じテーブルを囲んで話す場面も生まれる。しかし、問題はその先にもある。

医学生に話を合わせていると、彼らの利己的な未来図をどう応援するかというところに話は落ちていく。どの科に進むと教授が有力者でおいしい話が待っているかという噂話の伝達者に私たちが成り下がるのである。

しかし、私は「どこにいても他所者(よそもの)」(映画「永遠と一日」監督テオ・アンゲロプロスから) という気分を持ちながらこれまでを生きてきた。そういう位置から医療の全体を眺め、医療が少しでもいい方向に動くように影響を与えたいと願ってきたのである。

私に必要なのはこういう私の姿勢を理解して一緒に行動してくれる若い医師である。だから、上記のような会合のありかたは私には全く無用というものである。私の少数派ぶりが浮き立つような語りをこそ私はしなくてはならない。それに興味を持ってくれる少数を私は望んでいるのである。

だから、そういう語りを研究してこなかったところに、私の窮状の原因の一端がある。

大学医学部の非常勤講師として、私の活動を分かりやすく語ることに腐心して特別講義で話す経験では、私の活動にある程度理解を示している感想文が多い。多くは、最近の医学生に顕著な礼儀正しさによるのだが、それでもどこか聴くべきところがあると思ってはくれているのだろう。

教室ではできるそれが自分の病院になるとできないというのは、卑屈な迎合心が働くからである。反発されようと思いきってそれを捨て去ることが、今は必要なのである。

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