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2009年8月17日 (月)

夏の終わり

8月15日には『ロールズ――正義の原理』講談社1997年の著者、川本隆史氏を帰省中の実家に訪問した。氏の取り計らいで、高校生の頃仲の良かったT君にも39年ぶりに会うことができた。彼はオフィスを持たない往診専門の開業医となっていた。川本氏は初めて会う人のようにも思えず、T君は昨日会ったばかりという気がした。防府市在住の児童文学者、「ずっこけ3人組」の那須正幹氏も川本氏の実家付近の出身であることは話の中で初めて知った。

3時間余りを川本邸で過ごし、広島駅前の福屋10階のジュンク堂に寄った。大きな本屋に行くと目移りがして結局変なものを買ってしまう。2冊は1998年と2000年発行のものだったので、これは古本屋で買うべきだったと後悔した。

宇部に帰って病院に寄ると、昨日から無尿が続いている93歳のHさんがやはり無尿のままだった。考えられる限りの薬物療法は行っているのに効果は出ない。気を重くして帰宅すると、案の定、午前3時近くに血圧が低下し、駆けつけてご家族に病状説明すると間もなく亡くなられた。20年近い付き合いの人だった。

明るくなって再度帰宅して川本氏にお礼のメールを書いて眠った。

16日は加賀乙彦の「永遠の都」の第2巻、2・26事件のところを読む。岩波新書新刊で田中克彦「ノモンハン戦争」を買ったので、その準備のような気持である。藤原 彰さんの「昭和の歴史(5)日中全面戦争」小学館、1982年 も取り出しておく。こんなことをしていると「ノモンハン戦争」までいきつかない可能性も出てくるのだが。

*藤原彰さんの本でなるほどと思わせられたことがあった。日本軍が南方作戦、真珠湾攻撃、対米英戦争を始めたのは、日中戦争勝利の可能性を見失ったためだという話。中国支配が思うように進んでいれば戦線の拡大は必要なかったが、もはやそれが望めず、中国では戦線縮小しかなくなったところで、活路を対米英戦争勝利に求めたわけである。それにしても、なぜそんな愚行を重ねることができたのか、しっかりと学んでおく必要を改めて痛感する。

17日、民医連副会長のK先生から、私の書いたものへの注文がメールで来る。注文といっても、購入ではない。書き直せという命令に近いものである。指摘されたところを書き直すと、確かに前より良くなった気がするので、少し気分を良くする。民医連事務局長のN氏にメールで、あることを尋ねる。その通りだというので楽しくなる。

これでこの夏の主な出来事は終わりである。盆も終わって、夜は涼しい風が吹いているのではないかと思うが、あいにく今日は当直で散歩もできない。

*振り返ると、昨年も夏の終わりの話をこのブログに書いている。それによれば、昨年の夏は品川正治氏の反戦の思いを込めた講演を聞き、「誰も教えてくれなかった診断学」の野口善令氏に手紙を書いている。何とあわただしく日々が過ぎていったものだろう。

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