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2009年6月15日 (月)

「ERの哲人」山中克郎講演会とアカハタチックな保険医協会

「診療報酬がなんとか、レセプトオンライン化がどうとかというアカハタチックなことはしないで、保険医協会はこんな勉強会をもっと活発にしなきゃ」

 私が部長を務めている山口県保険医協会地域医療部は613日・14日、「ERの哲人」(2006年株式会社シーピーアール刊2006)の著者、藤田保健衛生大学准教授の山中克郎氏の講演会を開いた。

どんなお馬鹿な発言をしても決して責められない、いわゆる no blame culture が文字通り実現されている講演は知的な刺激と暖かさに満ちていた。山中氏は私より7,8歳は若いが、こういう優秀な教育者がこの国の医療界に育っているのだというのは衝撃だった。

     もっと衝撃だったのは、講演が終わるごとに山中氏から、出席者に表彰賞品が渡されることである。最年長の参加者は「夜のお菓子 うなぎパイ」を貰っていた。役に立つのだろうか?ひょっとしたら、名古屋で行われる講演会は全部こういうスタイルなのかもしれない。喫茶店では真夜中にもモーニングサービスがある土地なのだから十分考えられる。

さて、標題の言葉は、その時参加された比較的年長の会員から私にいただいた言葉である。 

保険医協会内であまり注目されているとは思えないが、地域医療部はここ数年、ある意図を持って系統的に学習会を企画してきた。それは、所属がクリニックであるにしろ病院であるにしろ、日本の医師の半分以上は「総合診療医」であることが求められているという私の独断的信念に基づいて、総合診療の各領域のもっとも旬な講師の話を、膝を交える距離で聞こうということだった。

EBMは別府宏国氏、臨床倫理は故白浜雅司氏、患者とのコミュニケーションは藤崎和彦氏など。どれも参加者数は余り多くはなかったが、その分、無理にでも時間を作って参加した人には鮮やかな印象を残しているのが間違いない。

前回から、クリニックや救急室での初診診断はどういう仕組みでなされるべきかを論じる「診断推論」に重点を置いた。「誰も教えてくれなかった診断学」(医学書院、2008)の著者、野口善令氏(名古屋第二日赤病院)の講演会が好評だったので、野口氏の推薦で今回、山中氏を招いた。県内の臨床研修指定病院にも全部案内し、研修医の段階で保険医協会の存在を知るという先行投資の目的も持たせた。

     野口氏と山中氏の講演を総合すれば、私たち総合医の診断は二つの方法のらせん的繰り返しである。まず最初は、仮説演繹法と名づけられる系統的な病名想起にもとづく診断。もう一つは、最初の方法の繰り返しが作り出す帰納法的なスナップ診断。医師がある程度熟練するとスナップ診断ができるようになるが、その診断に違和感を感じたとき速やかに仮説演繹法に戻ることが大事。そうしていると、またより高い段階のスナップ診断が可能になる。本当に大切なのは、この診断では少しおかしいという違和感の感覚を養うことである。すでに確立した医学を患者に適用することが医療だというのは、専門医の話。総合医は、一歩ずつ反省を繰り返しながら前に進むしかないのである。

 

   苦しい場面は多々あっても、医師の仕事は面白くすばらしいんだ、という山中氏の最後の訴えは参加した若い医師や医学生の心を奮い立たせたに違いない。 

そういう経過の中での上記の言葉だったので、大変ありがたく拝聴した。

しかし、総合診療医としての学習と、「アカハタチック」な運動が矛盾するものではない、むしろ統一されていなければならないことは、私としてはやはり、強調しておかなければならないことである。 

政府は平成21年度補正予算で巨額なバラまきをやって見せたが、一方で6月16日にまとめる「骨太の方針2009」原案では、毎年2200億円づつ社会保障費の伸びを抑制する「骨太06」を堅持する方針を固めている。国民大多数や与党内の世論さえにも真っ向から反対するものである。日本郵政グループをめぐる対立の中でも自らの不都合が露見してしまうのを恐れる小泉・竹中の猛烈な巻き返し工作が麻生の意向をむりやり変更させたのは間違いがない。破綻したはずの新自由主義政策が息を吹き返し、医師の良心も生存できない社会環境が再び生まれようとしているのだ。景気は底を打ったと宣伝されているが、4月の雇用状況は最悪で、来年には失業率が6%に達するだろうと予想されている。貧困と格差の進行の中で非正規雇用者層の健康悪化が、たとえば、年末の年越し派遣村に集まった労働者の様々な悲劇的事例として報告されている。

これが医師にとって放置できる状況だろうか。 

地域医療部の総合診療学習会も、少し方向を変えて、健康の自己責任論と徹底的と闘っている「社会疫学」(WHO欧州事務局「健康の社会的決定因子 the Solid Facts確かな事実」など)を対象として取り上げるべき時期だと私は考えている。 

社会保障を守る運動と医師としての学習は決して切り離せないし、一つでなければ意義も力もないものなのだ。 

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