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2009年6月23日 (火)

出張の影響・・・山中克郎氏や岩田健太郎氏の言葉

木曜日から月曜日、東京→長崎への4泊5日の出張の後なので、火曜日の診療を始めてしばらくの間、違和感が続く。言葉を変えていえば、患者さんに感じる新鮮さが回復するということかもしれないが、あくまでハードな出張であり決してリフレッシュ休暇ではなかったので、疲労感が張り付いた新鮮さという奇妙な感じである。

そのうえ、出張に行っていた間に溜まった用事も容赦なく襲ってくる。

会話もぎごちなくなり、なんとなく自分が医者に向いてないという気がする。

「20年やっていてもまずいラーメンしか作れないラーメン屋もいれば、3年目で行列ができる店もある」

と、先週、藤田保健衛生大学の山中克郎医師が話していたのを思い出す。34年目に入って自分は本物の医者らしくなれない。臨床の才能というものがあるとすればその才能がなかったのだ、あるいは厳しい修練を自らに課すことがついにできなかったのだ、という思いに次第にとらわれていく。

4泊5日の現場不在は、リフレッシュでなく、自我の縮小につながったようだ。要するに軽いうつ状態である。こういうときは大きい声が出ないので、問い返されることが多く、、そのたびに言葉が尖っていくのを修正できない。

夕方、無料で送ってくる「ドクターズ・マガジン」を読むと、1997年島根医大卒で神戸大学教授になった岩田健太郎氏の記事が出ている。彼によると、日本は医療制度は世界有数だが、医療内容は欧米に比べると見劣りが激しいということである。

それが本当だとすると、それはそれでいいのだ、しかし、その現状認識が、間違っているのじゃないか、と私は呟く。

もし、患者を平等に扱う公平な医療制度ができあがっているなら、医療の中身がどんなに拙くても国民の寿命は延びていく。せめて医療の場だけであっても、平等に扱われるということで人間は健康になり、寿命を延ばすのである。そのときに、医者のレベルがアメリカの金持ち相手の大病院に劣っているの優れているのという議論はまるで無意味だ。

しかし、問題は日本医療制度をいつまでも優れていると決め付けていられるものかどうかである。患者の自己負担が総医療費の20%近い。これは先進国の姿ではもはやない。

医療制度もだめ、医師の腕もだめという日本になりつつあるのではないか。

日本の医師は、戦後民主主義の成果である医療制度の効果を見ずに、自分たちの腕がいいと信じ込んでいる。それは妄想だと、君らは本当はやぶ医者なんだと岩田氏や山中氏は言っている。それはそれで正しく痛快だが、医療制度ももうだめになっているのである。

ついに平均寿命が短くなったのがはっきりしないと、みんなそのことに気付かないのかもしれない。

こんな風に考えてしまうのも、長期(私にしてみれば)出張後の、自我縮小なのだろうか。それとも、しばらく現場を離れて、見えるべきものが見えてきたのだろうか。

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