「松井を何とかしろ!」・・・シンガポールの社会保障個人会計も追加
といっても、大リーグの話ではない。
一昨日の保険医協会の会議で、私のとなりに座った岩国のO先生が叫んだ言葉である。
話は少しさかのぼるが、2006年4月の厚生労働省令により、2008年4月から大病院から段階的に始めて、2011年には医療機関すべての診療報酬請求(レセプト)をオンライン化するということが決まった。これは、社会保障全体を覆す大計画の、小さな、だが欠かせない発端だった。
しかし、その後、医療崩壊が進み、2009年3月31日の閣議は診療報酬オンライン請求義務化について、方針を変更し「地域医療の崩壊を招くことのないよう、オンライン請求することが当面困難な医療機関に対して配慮する」と決定せざるを得なかった。このため2009年3月末までにと決められていた400床以下の病院と保険薬局のオンライン化は1年間見送りとなった。
ところが、内閣府におかれた規制改革会議が4月21日に「そんな延長は許さない」と、厚生労働省に質問状を突きつけたのである。
これに怯えた厚生労働省は、閣議決定の精神を裏切って、「一律延期ではない。」「オンライン化の準備ができているところが実施しない場合は診療報酬を支払わない。」「準備ができたかどうか毎月質問し、必ず回答させる。」「「レセプト用コンピュータが導入されている医院はかならず2010年4月にはオンライン請求させる。」「2011年3月までにはすべての医療機関がオンライン請求できるようにする」と回答させられた。
「国民の意向を受けた閣議決定を、内閣府の一諮問機関が踏みにじっていいのですか!」とO先生は叫んだ。「結局は松井の意向だ」
松井とは、規制改革会議の中心人物、松井証券社長の松井道夫氏のことである。
「松井を何とかしてください!」
なんとかしろ、といってもどうしよう、と私は呟いた。
レセプトオンライン化は、患者にとっては社会保障カードにつながり、社会保障カードの最終的にめざすところは社会保障個人会計である。社会保障個人会計では、社会保障費を一定以上使いすぎた人には利用をただちに制限することが計画されている。社会保障カードを用いれば、使い切ったプリペイドカードから支払えないと同じことが直ちに実施できるのである。
一方、レセプトオンライン化は、医療者にとっては、標準医療の機械的な押し付けにつながる。まずは標準病名、続いて標準検査・治療が定められ、ディジタル化したレセプトで、ただちに逸脱医療が発見される仕組みである。
その後は、圧倒的な混合診療の拡大で、そこでは生命保険会社が営む私的な健康保険だけが患者の頼りになる。
そこまで見通して儲けを計算しているから、件の松井氏は最初の躓きが我慢ならない。世間はとっくに市場万能論を見放しているのに、権限を振り回して厚生労働省、ひいては日本全国の医療機関を恫喝するという行動に出たのである。
「松井を何とかしろ!」は正しい。さてどうしようか。
とりあえず、この日曜日に開かれる地域の医師会でこの問題を宣伝しよう。足元を固めていくしか当面は方法がない。しかし、いろんなところから、水は一点に向かって流れ、集まり始めている。気付けば、整然と行進する怒れる市民の海のような集合の中にいる自分たちを発見するときも来る。
*これに関連して、シンガポールの社会保障個人会計の実情をA君から詳しく教えてもらったのが、とても参考になった。
シンガポールでは、労働者は賃金の20%を強制的に国家に預金させられる。雇い主も同額を支出する。その預金の範囲に限って、医療を受けたり、年金をもらったりする。完璧な個人責任原理の貫徹である。その事務的処理のためには、どうしてもディジタル化された社会保障カードが必要である。
加えて、これは私の推測だが、シンガポールの国家は、莫大な社会保障預金を自ら運用して、運用益を得ているはずである。その一部を国家援助として、入院の際などの比較的高額な支払い時に給付しているのだろう。それを国民は有り難がるという構図である。戦争費用を何とかして得ようとして郵便貯金を盛んに進めた勝手の日本政府にそっくりな気がする。
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コメント
自民党政権がひっくり返れば松井なんか一発で吹っ飛びますな(大笑)
投稿: 元外科医 | 2009年5月21日 (木) 15時50分
コメントありがとうございます。この夏にはぶっ飛ばしましょう。
投稿: 野田浩夫 | 2009年5月21日 (木) 16時07分
それで、あなたは結局どうしたいのですか?
よませていただいて私はあなたが既得権益を必死で守りたいがためにあれこれあがいているようにしか見えませんでしたが。
松井さんはあなた達のような人間にいらついているのだと思いますが。
もう一度聞きます。松井をなんとかできたとして、その後あなたは医療問題をどうやって改善していくのですか?医療は医者のためのものではなく、それを受ける人々のためのものですよ。その立場で考えてみましょうね。
投稿: あおうたむ | 2010年4月16日 (金) 22時15分