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2009年5月18日 (月)

ルーブル美術館展「17世紀ヨーロッパ絵画」

5月16日午後、会議が終わって、飛行機に乗るまでの間、上記を見ようと上野に寄った。展覧会を見たあと昼食にするか、昼食の後に展覧会を見るか、少し迷ったのち、上野駅公園改札の2階にある蕎麦屋さんでまず昼ごはんを食べた。

これは正解で、国立西洋美術館は50分待ちの行列だった。しかし、暑くもなく寒くもない中で、行列に並ぶ人を観察していると格別退屈もせず、時間は過ぎた。(ただし、新型インフルエンザ罹患にはこういうのがよくないのだろうなぁ)

あまり、宣伝もされていなくて評判にもなっていない展覧会だったので、何の予備知識もなく会場に入る。

フェルメールの「レースを編む女」がある。小さな作品で、人だかりもしていない。主人公の顔もはっきりしない絵であまり期待していなかったのだが、その前に立つと本当にびっくりした。小さな絵から光が溢れてくるようだ。すごいものを見た気がして急にうれしくなってくる。この1年間でフェルメールを10点くらい見たが、その中でも特に印象に残る。

そのほかの絵は?

17世紀ヨーロッパ絵画ってポルノの別名ではないのか、という不謹慎な感想が湧いてくる。

とくに「バテシバ」という1654年の作品。現代のヌード写真のようだ。多くの人の中でこんな絵をじっと見ている勇気はたいていの人はないだろう。これも別の意味で何だかすごい。

ところでバテシバって誰だろう。

旧約聖書の登場人物。ダビデ王との間に子ソロモンを作った。しかし、それは尋常な話の結果ではない。

「わが罪はつねにわが前にあり」という詩篇の一節は、夏目漱石の「三四郎」の最後あたり、三四郎を棄てて金持ちと結婚する美禰子が言う言葉として日本でも有名である。

実はこの言葉は王ダビデが部下の美しい妻バテシバを奪い、ついには部下を死に追いやった、その行為を反省して言う言葉なので、美禰子が使うのは変といえば変なのである。

主題となる物語はどうであれ、この女性のこの姿を書くことが目的だったのだろうと思える絵が会場にはかなり多かった。もちろん絵画がそういう目的を持っていても私が別に困るわけではないし、17世紀はそういう時代だったのだろうということを理解したということである。

*バテシバを描いた絵は多く、特にレンブラントのものでは乳癌がそのまま描写されている点で特異である、と最近知った。

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