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2009年3月 4日 (水)

M先生のこと

M先生は市内で透析専門クリニックを開いている。私の病院には透析装置がないので、腎不全が進行すると先生に紹介することが、年数回ある。

以前、当直支援の私が当直医B医師から「はい、お願いします。」と紹介状を渡され、訳も分からず、腎不全・心不全の患者さんをM先生のクリニックに救急車で搬送したことがある。

私の持論では、こういう時は私が病院に居残って、事情に詳しいB医師が救急車に同乗すべきである。しかし、それを主張するまもなく、B医師は当直室に姿を消したので、私がやむなく救急車に同乗した。

Mクリニックにつくと病室で患者受けいれの準備をしていたのは70歳近い先生自身だった。

私のほうは深夜に突然呼ばれて眠さが抜けなかったのに、M先生は淡々と緊急透析の準備をされていたのである。毎日が当直のような生活であることがうかがわれた。

それから1年ぐらいたった今朝、突然M先生から電話があり、患者を一人引き受けてほしいと頼まれた。

低くて静かな声で丁寧におっしゃるのを聞いていると、同じ地域で何十年も一緒に医療に携わっているという連帯感が自然と私の胸に湧いてきてうれしくなった。

と同時に、いやなことをあえて引き受けないと、うれしいことも巡って来ないという、日本おとぎ話的な感想も伴ったことであった。

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