イチロー・カワチ他「健康格差と正義 公衆衛生に挑むロールズ哲学」児玉聡監訳 勁草書房 2008
「政治哲学は知っているが社会疫学は知らない人文・社会科学系の人々と、社会疫学は知っているが政治哲学は知らない医学・健康科学系の人々の仲人をするつもりで」と、1974年生まれの若い監訳者が書いている。
そうではなくて、政治哲学も社会疫学も知らない、市井の臨床医こそがまず手に取るべき本である。プライマリケアに関わってあまり評価されない自分の仕事の再評価に大いに励まされるだろう。あなたこそ地の塩である。
イチロー・カワチたちの主張を思い切り単純化すると、以下のようなことである。
これまでの医療理論は医療の提供時点ばかりに関心を集中しすぎたためにその上流に位置する健康の社会的・経済的決定要因への注目が欠けていた。まずそのことについて認識した後は、問題を意味づけ解決する上での基礎になる哲学として、ジョン・ロールズの正義論が有効である。それに基づいて「社会正義は健康によい」という結論が引きだされる。
そして健康を改善する有力な4つの社会政策が例示される。1:幼児期の介入 2:低所得の女性と子供の栄養改善 3:労働環境 4:所得の再分配 。いずれも医療制度そのものではなく、その前提にあたるものであるが、健康に与える影響は、医療制度よりはるかに大きい。
この本は、この主張をめぐって、様々な人が寄せたコメントからなっている。
面白すぎるので要約は無理である。
センが序文を書き、マーモットも書いているといえば、どんなに豪華な布陣はわかってもらえるだろう。
アマルティア・セン―マイケル・マーモットとつながるイギリス社会疫学と、ジョン・ロールズ―イチロー・カワチとつながる北米社会疫学の共通点、相違もうかがうことができる。
かつ、児玉による解説は特にわかりやすい。
出張の会議の合間を見て3日間で読むことができた。ソリッドファクツに興味のある人ならぜひ一度読んでみることをおすすめする。
| 固定リンク
« 本山美彦(もとやまよしひこ)「金融権力ーグローバル経済とリスクビジネス」岩波新書200.8.4 プルードンの再評価と若井 晋先生のこと | トップページ | シモン・ボリーバル ユース オーケストラとグスターポ・ドゥダメル »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 雑誌 現代思想 6月号(2016.06.04)
- 内田 樹「街場のメディア論」光文社新書2010年(2016.05.11)
- 「『生存』の東北史 歴史から問う3・11」大月書店2013年(2016.05.10)
- デヴィッド・ハーヴェイ「『資本論』入門 第2巻・第3巻」作品社2016/3 序章(2016.05.04)
- 柄谷行人 「憲法の無意識」岩波新書2016/4/20(2016.05.02)
コメント