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2008年12月 9日 (火)

同じ金融危機なのだけど・・・事態をコントロールできる資本家と出来ない労働者と

今朝、当直明けに見たニュースのせいで、ずっと胸を締め付けられるような気がしている。

3人の青年が街の広場の電飾のツリーを見ている。3人とも派遣労働者で、首を切られている。一人はすでに寮を追い出され、後の二人もそれぞれ2週間、1ヶ月しか猶予はない。寮を出されると住所がなくなり、新しい職も捜しにくくなる。

「街はクリスマス一色だけど、自分は(この街で)何なのだろうと考えると苦しくなる」とつぶやく声をマイクは拾っている。引越しを二人に手伝ってもらった一人は、なけなしの5000円(!)を持って親元の山形に帰っていった。

3人の談笑の顔、別れの挨拶の手の挙げ方などを見ていると、私の長男にそっくりだった。虚栄を張って笑い続けているが、不安が全身を占領しているような青年達。

12月8日、キャノンの御手洗富士夫は「首切りは請負会社が勝手にやっていることで自分には関係ない」と言い放った。

12月5日には、何十兆円という内部留保がある自動車メーカー群が首切りをするのを政府が責任を持ってやめさせろと迫った共産党の議員に対して、麻生首相は「行政は企業に介入できないし、国際競争力のためにはその内部留保でも足りない」という趣旨を返答した。

同じ金融危機とはいっても、御手洗はじめとする大企業のトップ達にとっては新しい挑戦の課題である。一方、派遣切りされる青年達にとっては、まったく自己のコントロールの及ばない、予測のつかない、自分を卑小なものに思わせてやまないような出来事である。

これはストレスの度合いがまったく違う。御手洗氏たちはますます健康になるだろう。青年たちはきっと健康を失い短命に終わるだろう。(ただし、麻生氏は寿命を短くしているかもしれない。せっかく毎日散歩しているのに!)

それを通していいのか?当たり前のこととしていいのか?

奴等を通すな。そして、底の抜けたこの国に部厚い底を張って見せてやろう。

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コメント

昨日、御手洗さんが、この件で話すのを、ラジオのニュースが報じていました。「これは誤解であって(派遣会社が勝手に首を切ったことであって)、担当者から説明させる。」という、鼻を括ったような発言でした。手続き上はたとえそうであったとしても、自らの会社が派遣労働者を切ったことには代わりが無いだろう、と思いました。

小泉構造改革では、輸出企業の優遇だけが目立ちました。ここにきて、輸出企業もだめ、地方も疲弊となると、日本という国が立ち行かなくなるのではないかと思います。

投稿: nuttycellist | 2008年12月 9日 (火) 16時16分

これだけぼったくられてるのに日本の労働者はおとなしいですね。これも団結しなくなったからでしょうか。戦前なら団結してストライキや暴動、テロまで起こっていたかもしれません。(テロを支持してるわけではありません)

投稿: 元外科医 | 2008年12月10日 (水) 11時46分

コメントありがとうございます。
確かに旧来の労働組合の機能低下は著しいものがありますが、また、新しい労働運動が起こっているようで私はそちらに期待しています。反貧困ネットワークや、首都圏青年ユニオンなどです。最近の本では「『生きづらさ』の臨界」(湯浅誠、河添誠)旬報社がその活動の生き生きした雰囲気を伝えてくれます。
心配なのは、この問題でテロが相次ぎ、それが権力側に利用されることです。

投稿: 野田浩夫 | 2008年12月10日 (水) 12時47分

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