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2008年11月 4日 (火)

連休その後

連休明けの病院は、一部の医師にとってはあわただしい。

(「一部」というのは、そうでもない医師も同じ病院内に存在するからである。)

私も例外でなく、診察に、検査に、特急の書類にと走り回って、ようやく夕方、いつもの静けさが戻ってきた。

もちろん、診察室に隣り合う予約センターでは怒号が飛び交っている。

「そんな時間に予約したらバスに間に合わんじゃろ!そのときはタクシー代を出せよ、おい!」なんて女性事務職員にすごんでいる初老男性もいる。

いや、あの人も生活と療養のはざまで必死なのだ、と思う余裕が私の中に生まれている。

しかし、これが曲者なのだ。

そういう共感は、私の状態次第でいつでも閉じてしまうことができる。『なんていやな患者だろう」の一声でその人格を切り捨て、教科書を読むことに没頭することも常に可能なのである。

苦しむ人の声を聞きたくないときは聞かないですむというのが、医師の特権でなくてなんだろう。

そういう特権を捨てて、つねに苦しむ人の声に心を開いている状態を、「学び捨てる」と、チャクラバルティ・ガヤトリ・スピヴァクさんは名づけたのである。それが一番大切だと。

しかし、それは、なんと私にとって東洋的に見えることだろう。仏教的な諦観とどこか通じる、静かな態度を、その言葉から私はどうしても感じざるをえない。

そして、それこそが、私の求める「静かな日」なのである。

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