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2008年10月14日 (火)

ハンマースホイ展(国立西洋美術館)と椿山荘

ハンマースホイをはじめて見たのは、2007年のオルセー美術館展(国立西洋美術館)だったと思う。

これだけ海外旅行する人が多くて、衛生学(その中でも振動障害に限る)以外には何も興味がないと見えるHa教授ですら学会出張のついでに「なんだか変てこな、大きな駅を転用したような美術館に行ったよ」と語る時代なのだから、日本で開く展覧会の見物客はいないだろうと、静かな時間を期待していくと、大混雑でがっかりしたことを覚えている。

しかし、その中でも、ヴィルヘルム・ハンマースホイという名前も知らなかったデンマークの画家の室内画の前では、あたりの音がすっとなくなった特異な経験をした。「北欧のフェルメール」というあだ名があるそうだが、それは違う。誰かとの類似で語ることのできる画家ではない。

さて、そのハンマースホイの作品が初めてがまとまってくるというので、10月12日の午後、東京出張の会議と会議の間の隙間を見つけて出かけた。

これはすばらしかった。観終わって、上野公園の雑踏の中に出ても、なんだか音のない世界にいる感じがしばらく続いた。

特に惹かれたのは「ゲントフテ湖、天気雨」である。そこに描かれた道路は実際は往来が激しい幹線道路だが、絵の中では人間の姿ははまったく見られない。(→

http://www.hamburger-kunsthalle.de/archiv/bilder/hammershoi4.html

http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=Vilhelm%20Hammersh%C3%B8i&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi

たくさん描かれている王宮や貿易公社の大きな建物も、実際は人であふれているのだが、全くその気配は消された灰色の世界である。ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの描く、人間が消えて機械だけが静かに社会を維持している世界を連想させる。人の消えた世界に取り残されたという寂しさが自然に湧いてくる。そうして、実はそれを望んでいる自分に気付く。

その自分とは何だろうか。

それは大都市の人であふれかえった電車に乗っていると自然に分ってくる気がする。

翌13日、会議が終わった足で、甥の結婚式のため目白近くの椿山荘に行った。椿山荘は山口とあながち無縁ではない。山県有朋の豪勢な屋敷跡だからである。大都市の結婚式場を初めて観察した。ハンマースホイの絵の対極にある世界である。

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