黒田勲「『信じられないミス』はなぜ起こる-ヒューマンファクターの分析-」中災防新書、2001=人間学・質的研究としての安全学
医療安全のみならず、産業安全一般について学ぼうと考え、入門書として上記を選んだ。著者の黒田さんだが、以前に民医連が開いた集会の特別講演でお話を聞いたことがある。昭和26年北大卒の医師である。私が生まれる前から医者をしている人が、日本の安全問題の中心にいるのである。
あとがきのなかに
「ヒューマン・ファクターの問題は、機械と違って、設計図のない機械の特性を手探りで追いかけるような仕事であり、また、人間の本質を考える学問であるのかもしれない」
と書いてある。事故から見えてくる人間の本質というものも確かにあるはずで、興味深い。
この本の主要なメッセージは218ページにある。
「企業が業務を行なう限り、従業員はもちろん、その存在する社会に対して、安全を阻害する可能性が常に存在し、そのリスクアセスメントとそれに基づくリスク・マネージメントは企業の社会的倫理であり、基本的責任として要求される。」
「安全は地味な、絶え間ない努力の継続によって、微妙なバランスの上に保たれている特異な状態である」
ところでヒューマン・ファクターに基づく安全学は質的研究に他ならないということもこの本から知った。コーチングが「生まれながらのコーチnative coach」の行動を観察することから学問になったように、安全も、無事故・無違反の職業運転手の日常観察や、逆によく事故を起こす人の観察から体系化を図っていくものなのである。
229ページ 丸山康則という研究者は20年以上無事故・無違反の9人の職業ドライバーについて、無事故・無違反の理由を調査し、次のような興味ある共通点を見つけ出した。
①自分は下手な運転手だと思っている
②仕事の後、ちびちび飲みながら今日の運転を振り返る
③相手に譲ることで、心の平安を保つ
④バックするときは一旦降車して後ろを確かめる
⑤車の性能を熟知している
⑥曜日ごとの混雑度や、他のドライバーの行動を予測する力を持っている
⑦職場の風通しがよく、教える後輩がいる
⑧家庭の理解と協力がある
さらに、交通安全に対する警察の役割も明確に批判されている点が参考になる。
61ページ「交通事故調査においては、法的側面からの調査が主体となり、『なぜ、どうして』という面まで突っ込んでいかないうらみがあり、最も大事な事故予防や再発防止策として、人間にはねかえってくる最も有効な対策が立て難い。」
これは福島県立大野病院の産婦人科医逮捕事件から学んで、医療界が「警察の医療事故への介入は、不当な個人責任追及に終わることが多く、真の安全対策に対しては百害あって一利なしだ」と結論したことと符合する。
以上のように学ぶことの多い小冊子なのだが、おそらく編集の問題だと思うが、1章ごとの構成が見えにくく、読みにくいという難点がある。大事なことがたくさん書いてあるので、その辺を自分で整理して、いわば再編集するという作業が必要になる。だが、読者にそういう負担をかけさせるべきだろうか。
ひょっとしたら、大事なことなので、それくらいの努力は無理にでもさせようという著者の親心かもしれない。
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