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2008年7月 9日 (水)

ある患者「里に埋もれたる人生ある事」

その60歳代の女性の肝臓癌を診断したのは、2年前の初診でのことだった。すぐに大学病院消化器科に紹介状を書き、精査を始めるという返事をもらったので、ほとんど記憶に残らなかった。

その人が再び受診したのは今年の5月末。全身浮腫と大量の腹水。画像検査では、腫瘍が肝臓全体にびまん性に広がっているのがすぐに分かった。

実は大学病院には数回行ったきりだった。年金が少なくて予想される医療費負担に耐えられなかったのと、病身の夫の介護の必要もあったためである。もちろん、大学病院が中断患者のフォローをしてくれるはずはない。・・・「貯金してお金が貯まったら受診しようと思った」という発言があったことが今回の入院時に記録されている。

まもなく入院してもらったが、格別の治療法もない。入院当初は利尿剤が効き少し腹水が減って喜ばれた。
しかしすぐに肝臓癌の小破裂を生じ、腹痛、貧血が強まった。

輸血もしたが、その後はあっという間の悪化だった。
「あと1週間は持たない」という説明に、夫が一瞬失神して椅子から滑り落ちた。障害のため、それまで妻の病気をまったく理解することができないでいたのである。

今朝、亡くなられたが、死亡直前まで意識がかすかにあり、入院当初と同じように看護師の問いかけには笑顔をつくる努力がみられ、夫の今後を案じる発語が認められたということだった。

こういう不幸な人生に直面すると医師としての私の精神の安定も揺らぐので、こうして文章にしている次第である。

*柳田国男は、まだ内閣法制局の官僚だったころ岐阜県の山中で起こったある殺人事件の古い記録を偶然読んで「山の人生」の冒頭の「山に埋もれたる人生ある事」を書いた。そこで私も偶然担当したこのケースを仮に「里に埋もれたる人生ある事」と名づけることにした。

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