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2008年3月24日 (月)

「戦争で死ぬ、ということ」島本慈子(しまもとやすこ)岩波新書、2006

私と同年齢にあたる著者が書いたこの本を不覚にも知らず、最近、民医連の理事会のため上京した際、羽田空港の書店で何の気なしに買った。

診療の合間に読み始めたとたん、止めることが出来なくなった。

以前にここでも書いた小熊英二「〈民主〉と〈愛国〉」に似て、直接戦争を知らない著者が大量の証言テキストを読み込み、生存者には直接インタビューして、戦争による死亡の実態に迫ろうとしたものである。

何より読みやすいのがよい。私のように戦後間もない頃の生まれの者でも知らないことがあまりに多いということに気づかされた。また知っていると思っていることでも、相互の関連が見えていなかったことが多い。      例えば、広島県竹原市の沖合の島、大久野島は、ずっと以前から国民休暇村があって広島県民には親しい島である。そこで毒ガスが製造されていたことも、島を訪れれば記念館があって簡単に知ることが出来る。その毒ガスが、私の住む宇部市の沖合の海に廃棄されたことや、美祢の炭鉱に貯蔵されていたことも聞いたことがある。      しかし、今、民医連も参加して現地住民の被害調査が行われている中国東北地方チチハルの日本軍遺棄毒ガスが、この島で作られたのだということはこの本を読むまで一連のものとして考えてみなかった。        また、先日、NHKのTVドキュメントで見た、カナダのウラン鉱山で働かされた先住民の放射能被曝と、そのウランを原料に製造された広島原爆との関係を考えたことはなかった。じつは、この先住民の人々は1998年に広島を訪れているのである。

さらに、9.11日本人被害者中村匠也さんの父親で下関に住む中村佑さんの発言はほとんど知らなかった。時々TVでは見ていたが気に留めていなかったのだ。     アフガン空爆やイラク戦争に際して「敵討ちができてよかったね」という知人らの声に対して、佑さんはきっぱりとアメリカの軍事行動の無意味さと有害性を指摘していたのである。同じ県に住むものとして恥ずべき無知さ加減だったとしか言いようがない。

戦争による死についての証言を多数紹介した後で、巻末に近く、著者は言う。

アメリカ人は攻撃後現地に入った兵士としてしか空爆の下での死を目撃するという経験を持たない、しかし、日本人は原爆や東京・大阪大空襲など、空爆の中での死の実態を直接に限りなく経験してきた。

「日本の戦後をアメリカとは異なる色に染めてきたものは、人々の心に重く沈み、消えることのないこの悲しみの深さだった」。この考察には深く共感した。

*ところで著者は大阪府立北野高校出身で、その縁もあって同窓生 手塚治虫が第1章に取り上げられている。ところが、あの愚かで下品な橋下大阪府知事も同窓生だというのがなんとも奇妙な感じを受ける。

(*手塚治虫は大阪アスベストという工場でスレートを作っていて大阪大空襲に遭遇している。*そのすぐ近くで 小田 実も空襲にあい、それが彼の文学活動の原体験になった)

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