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2008年2月 9日 (土)

56歳の当直 溺死の危険に遭遇

8日金曜日の当直は、午前4時まで休まず働いて、3時間横臥、7時起床、入浴・朝食後、夜間の新入院患者の回診をして、8時30分には約20km離れた町にある診療所へ出発という経過だった。もちろんその前の日中は、満杯の予約外来と会議と病棟回診でフルに働いていた。

(・・・いや、少し違っていた。この日は、最近の勤務日程があんまり重労働でがまんできない気がしたので、重大決意をして、昼休みにすばやく病院を抜け出し、近所の理容院で髪のカットと髭剃りを30分間でと頼んだのだった。それで少し気分が回復して当直に臨むことが出来たのだった)

午前0時、大声を上げて騒いでいる92歳の心不全+認知症の女性患者が入院を絶対拒否するので帰宅可能かどうかを検討していると、痛みが1日持続している腸閉塞女性患者、いかにも苦しそうな気管支喘息発作+肺気腫男性患者が相次いで救急車でやってくる。

その間に連絡がきた、「スナックで飲酒中1,2分気を失って今は酔ってクダを巻いているというだけ」らしい52才男性の搬入要請はお断りした。

(酔っ払いの診察は本当にいやだ。当人よりも 付き添ってきて、治療にあれこれ口をさしはさむ飲み友達たちがなにより鬱陶しい。特に40歳代、50歳代の脂ぎって、無意味に雄弁な学校教員・公務員・大企業社員の男性などは、付き添いの友人としては願い下げである。・・・もちろんそういう個人的感情で受け入れを拒否したわけではない。上の例は、極めて少ないかもしれないが脳か心臓の事故の可能性があるのだが、比較的重症な高齢者急患3人の処置を、医師一人+看護師一人でやっているときはもはや余力はないのである)

これが一次+二次救急病院のありふれた情景である。当直医は、入院患者の安全を守り、急変に対処することが本来の業務だが、実際には夜間の急患を診察することに大半の時間を奪われている。それがあって、初めて市民は安心して夜を迎えられるのである。

しかし、この記事を書いているのは、そういう情景を伝えることが目的ではない。

上にも書いたように、私は当直日の午前7時には何が何でも入浴する。もし入浴中に病院内で急変があったらどうするのかと、職員からよく聞かれるが、その時はバスタオルを巻いて、着替えを抱えて駆けつければいいのである。蘇生処置の合間に苦労してパンツをはいたり、シャツを着たり、ネクタイを付けようとしている自分を想像するとユーモラスだ(もちろんそれは自分にとってだけの話で、他の職員には面白くもないことだろう)。しかし、そういう目にあったことは実は一度もない。おそらく今後も無い。ありえないことを心配するのを杞憂というのである。

しかし、今朝の入浴は危険だった。浴槽に入ろうとしたとたんふらついて、手が滑り、頭が湯の中に沈みそうになったからである。危うく「病院当直医、当直室の風呂で溺死」という新聞記事になりそうだった。そういう時は、警察がやたら写真を撮って帰るし、場合によっては、私を恨むものの犯行かもしれないということで法医解剖されるということも考えられる。死後のことを思い煩うのも馬鹿らしいが、なるべくそういうことは無いほういい。ともあれ、「病院最上階にある、この当直室浴室に、町が見渡せる広い窓を付けるという設計にしていたらもっと気持ちよかったのに」とつぶやきながら過ごす当直あけの楽しみが一瞬にして恐怖と、わが身の老化に対する悲しみに変わった不幸な瞬間であった。

その原因を考えてみると思い当たることがある。当直前から風邪で喉の痛みと咳が強かったので、鎮痛剤と鎮咳剤をやや多量に服用して、当直の万全を期していたのだった。先日、高速道を走る長距離バスの運転手が感冒薬のため意識を失い、乗客がブレーキを踏んで危うく難を逃れたというニュースがあったが、それに近い話である。

愚にもつかない話をひさしぶりに書き散らした。

さて、土曜の午後、診療所から病院に引き帰し、病棟回診をしたあとは、若手の職員や、病院に出入りする医学生のために企画した、経済学者で被爆者支援をライフワークにされている安部一成山大名誉教授のミニ講演会にでなくてはならない。確実に居眠りをしてしまいそうなのが恐い。

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