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2007年11月 5日 (月)

アマルティア・セン「貧困の克服」「人間の安全保障」に学ぶ

最近の病院の玄関には「患者の権利」が掲示されていることが多い。

しかし、「患者の権利」が権利として成立するのはなぜだろう?

また「権利があれば、それに対応した義務がある」という論理で言えば、だれがどんな義務を背負っているのだろう?

そのあたりを考えていると、もっと大きな問題、基本的人権としての生存権も、日本国憲法25条に書き込まれているから権利として存在しているわけではなく、歴史上のどこかで、権利になったので、後に憲法に書き込まれたのだろう、ということに気付く。 なぜ憲法に書き込まれたかが問われないと意味がないのではないか?数学の定理のように、「一度証明されたものは以後は考えないようにするのが合理的だ」とはいかないだろう。

この問題の答えに、ヒントを与えてくれたのはアマルティア・センの講演記録である。

アマルティア・センは1933年生まれのインド出身の経済学者。1998年、アジア人初のノーベル経済学賞を受賞した。

私たちが入手して読みやすいのは集英社新書2002年¥640と 「人間の安全保障」2006年¥680である。

いずれも学ぶことのきわめて多い本だが、今日の問題に関連しているのは、後者に収録された「人権を定義づける論理」である。

彼によると、人権とは、法律問題でなく社会倫理上の問題である。
法律は、その実現のための一つの方法、あるいは過程に過ぎない、ということである。

社会倫理上の要請として現れた人権が、普遍的なものとして定着するには、法制化もその一部とする持続的な市民運動が必要で、そのなかでもとりわけ広範な人が自由に参加して透明性を持って議論する「公共の論理」の場での承認が最重要な役割を果たす。

法制化されていることに安心しきることなく、また法制化されることだけををめざすことなく、「公共の論理」の場での運動を続けて初めて、問題になっている人権が普遍的なものとして確立するのである。

権利と義務の対応関係に付いて言えば、権利に対する義務には、完全義務と不完全義務があるとされている。カントが言っていることらしいが、初めて知った。

周りの人が見ている中で誰かが殺されようとしているとき、殺そうとしている人には「殺してはならない」という倫理的義務があり、それを完全義務といい、周りの人たちに課せられている「他人が殺されるのを傍観してはならない」という倫理的義務が不完全義務の例である。

そこで、患者の権利、たとえば患者の受療権が社会的に認められているとして、完全義務を持つのは国家であるというのは簡単な答えである。

では不完全義務はどこにあるのだろう。
受療権が侵害されているケースを知っている市民にである。もちろん市民それぞれの生活から生じる制約条件が違うから、できることは違うし、たくさんあるやるべきことの中での優先順位も違うが、それでもその侵害に対し何かをすることは義務なのである。それは不完全義務と呼ばれるが、その重みが完全義務と変わるわけではない。

社会運動の実際では不完全義務をどう果たすかが、すべてを決するといってよい。

不完全義務が果たされて、初めて完全義務が課題になるのである。

受療権も同じである。
多くの市民が不完全義務を果たすため立ち上がったとき、国も完全義務を認めざるを得なくなるのである。

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コメント

「数学の定理のように、「一度証明されたものは以後は考えないようにするのが合理的だ」とはいかないだろう」と云われるのは数学の営為に対する偏見です。正確に云えば、「ある理論体系のなかで一度証明したものは以後の証明では証明なしに使ってよい」と云うにすぎません。どんな定理もつねにその意味を再考され新たな文脈に解釈しなおされてきたのは数学の歴史の教えるとおりです。証明された定理を「以後はもう考えない」というのは凡庸なエセ数学者だけです。

投稿: Tetu Makino | 2007年11月 7日 (水) 00時26分

ご指摘ありがとうございました。
自分でも書きながら、言われるとおりの反論がこの部分ではありうると感じていたのですが、まさか読んでいただいているとは思いませんでした。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: 野田 | 2007年11月 7日 (水) 15時28分

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