「世界がキューバ医療を手本にするわけ」
9月7日全日本民医連の長瀬事務局長が山口に立ち寄ったとき、雑談の中で、済生会栗橋病院の本田宏先生から強く勧められたと言って取り出したのが「世界がキューバ医療を手本にするわけ」(吉田太郎著、築地書館、2007年9月刊)だった。
面白そうなので私もすぐに注文して、9月15日、16日と、保団連の会議に出張したときに読んだ。 地味な本だが、信頼できる語り口だったので楽しめた。
キューバは人口1100万人の小さな国で,延々と米国の経済封鎖が続く中で悪戦苦闘している。それなのに、ラテンアメリカ、アジア、アフリカの医師不足国や、災害時に大量の医師・看護師を支援派遣している。自国の衛生指標でも乳児死亡率は米国以下、平均寿命はヨーロッパ並み、ワクチンやインターフェロンの開発では定評があるという「医療大国」である。日本ではようやく普及させようと決まったHibワクチンもとっくに自国で大量生産して高い評価を受けている。良質で安い薬の輸出は、キューバの数少ない主要産業になっている。
パキスタンやインドネシアの大地震時の支援は、国交もなくアメリカの妨害もあったのに、その国からは非常な感謝を受けた。
ベネズエラやボリビアでは医師養成をも担い、その国の医療制度自体の進歩にも影響を与えている。それぞれの国の医師会は抵抗しているが、政権がそれを説得している。
ハリケーン・カトリーナの甚大被害に際しては、ニューオーリンズにまで救援隊派遣を申し込んだ。さすがにブッシュは拒否してキューバに頭を下げようとしなかった。
また、ラテンアメリカ全体から無料かつ奨学金つきで医学生を集める「ラテンアメリカ医科大学」まで発足させている。医学生の中にはUSAの貧しい地域出身の若者もいる。
キューバの医科大学の中心的存在であるハバナ医科大学の卒業生は1年で4000人に及ぶ。もちろんキャンパスが足りないので、かなりの学生は診療所に配属させられて、実地訓練を受けながら、ビデオとインターネットで履修している。人口は日本の1/10しかないのに、医学部卒業生はほぼ同数だと推測される。
アメリカは、世界に散らばるキューバ人医師の亡命を積極的に受け入れる方針に転換した。貧しい国が必死に養成した成果を横から奪い取るようなえげつない干渉だが、キューバはそれも気に留めず、医師養成を更に盛んにすることで対抗しようとしている。どちらが本当の大国なのかは明らかである。
キューバがこうした政策を維持できるには背景には旧ソ連や、近年では大産油国ベネズエラの経済支援が大きく働いているが、そういう事情がいくらあっても、医療立国という方針が国是となるには、それに見合う深い人権感覚と思想的背景がなければ実現できるものではない。
その人権感覚と思想的背景は、私たち民医連や医療生協に働くものと驚くほど共通する。
最近の市場経済化に伴って、経済格差が進んで青年の失業が増えているという現実もあるのだが、これに対して、大量のケースワーカーを養成してきめ細かい援助をし、失業した青年自体にもケースワーカーへの進路を進めている。この記述を読んで、日本のニート・フリーター対策の閉塞感を破るヒントを得る人も多いのではないだろうか。
キューバの医療も私たち民医連の医療も、経済的には世界や社会の辺縁に押し込められた人たちを対象として存在しているのだが、だからこそ、その理念は普遍的な、世界史の本流にいることを、この本は実感させてくれる。 医師はこの本を読むと、もっと医学の勉強をしなければいけないという気持ちもかきたてられるし、医療関係者は住民の支えあいをもっと高めるような方法、たとえば、「住民本位の福祉マップ」作りや、診療所単位の老人大学に本気でとり組もうという励ましもえられるのではないだろうか。
価格は2100円と少し高いが、キューバに行くよりは安いので、ぜひ手にとって読んでいただきたい。
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