イアン・マクウィニーの写真と、悪口
医師のリクルートを目的にして無料で病院に送られてくる雑誌が幾つもあるが、そのなかで「ドクターズマガジン」という雑誌は、編集方針が家庭医学やプライマリケアを正当に評価したユニークなものなので、大体目を通すことにしている。
以前、国際医療学の若井晋先生(東大)もこの雑誌の連載「ドクターの肖像」で取り上げられており、それを読んでいたことが、実際に若井先生を私たちの組織で講演にお招きしたときに役立った。
私より10年近く年上で、60年安保闘争も体験されたらしい若井先生が政治的にもきわめて明瞭な意見の持ち主であることを知り、大島コーヒー店で時間を忘れて話し合う中で、「上からのグローバリズムに対抗する下からのグローバリズムの形成こそが今の世界情勢を打開する焦点だ」という点で意見が完全に一致したのだった。
その後に始まったブラジル、インド、アフリカを開催地とする世界社会フォーラムなど、帝国主義に対抗する下からのグローバリズムの実践例が報道されるたびに、あのときの意見交換は本当によかったと今でも思い出す。
話が横道にそれたが、「ドクターズマガジン」の2007年2月号では、葛西龍樹さん(福島県立医大)という人のことが記事になっている。卒業年度では私の8年下に当たる人だが、注目したのは、彼がマンツーマンで指導を受けたというカナダの西オンタリオ大学のイアン・マクウィニーと並んでいる写真である。
このイアン・マクウィニーこそ、数年前私が精読した「Patient- centered Medicine」の著者群の中心的人物であった。彼の西欧哲学史に深く根ざした家庭医療学総論を理解するのに私は相当な努力を払ったし、今まで無視していた構造主義、ポスト構造主義の理解にはまだ時間をかけている最中である。さらに、マルクス主義とそれらの交流・相互の影響に私の関心の中心がある。
そのイアン・マクウィニーとぬけぬけと写真に写っている日本人医師がいることに私が羨望を禁じえなかったのは当然のことである。葛西という人はマルクスの本の一行でも読んだことがあるのだろうかなどと、家庭医療学に関係のないことを呟きたくなる。
(全く文脈とは無関係の個人的感慨に過ぎないが、こうした医師の成功物語満載の雑誌を読む時いつも思うことがある。
「1970年に医学部に入った後の37年間のどこかで一念発起していれば、こんなぱっとしない医師人生にならなかったかもしれないのに、などと折あるごとに考えながら死ぬまで私は暮らしていくのだろうか?」ーどうも志の低い話に傾いてきた。)
さて、私の嫉妬の話はさておいて、この記事の写真の不思議な点を指摘しておきたい。1992年のマクウィニーとの写真を初め、2005年に葛西さんが福島県立医大の家庭医療学教室をスタートさせた日の記念写真では、若々しい髪の毛が彼の頭の上に載っているのだが、2006年北海道家庭医療学センターでの宴会の写真では彼は見事な禿頭を誇っている。この1年、大変な苦労があったのだろうか?
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