「『伝える言葉』プラス」大江健三郎、朝日新聞社2006.11.30発行
2004年4月から2006年3月まで毎月第2火曜日の朝日新聞に連載された短文をまとめた本である。
ほとんど全編が教育基本法改定に対する大江の反対意見の表明によって占められている。
2004年2月、自民党と民主党の議員からなる「教育基本法改正促進委員会」の設立に当たって、西村真悟衆院議員(当時、その後、弁護士法違反で辞任)が「国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す。これに尽きる。」と挨拶して彼らの攻勢は本格的になった。
それから2年10ヶ月、教育基本法改悪の成立を目前にした時期、まさにこの時期に発行されたこの本を読むことは、この間自分が何をしてきたのだろうかという反省に自分をさらすこと以外ではありえないため、苦痛に満ちた行為になってしまう。
大江自身、教育基本法改定は、小泉政権退陣の花道のように成立し、その後、すぐにも始まる全国の教育委員会の大車輪の活動によって、日本の初等・中等教育が目ざましいほどの様変わりを遂げ、そのまま憲法改正に向けての実際的手続きに向かうだろうという「黒ぐろとした見通し」を語っている。
しかし、必要なのは、楽観的であることがどんなに困難であるときでも、意思の力によって希望を失わず,
「事態は変わるはずだ」という信念で運動を続けることだ、と大江が言うとき、それは僕たち一人一人に当てた彼の「親密な手紙」になるのである。
なお、この本の「プラス」とされているところは朝日新聞に連載されなかった小さな講演の記録3本のことである。
その中の一つ、「ひとりの子供が流す涙の一滴の代償として」をぜひ、若い医療従事者たちに読むように勧めたい。それは小児科関連の学会での講演から発した記録であるということはもとより、「ナラティブ」が語る人と聞く人の双方の力で作り上げられるものであるという重要な指摘を含んでいたり、障害者の権利を守ろうとする人間の姿勢や資質を深いところで論じているものだからである。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 雑誌 現代思想 6月号(2016.06.04)
- 内田 樹「街場のメディア論」光文社新書2010年(2016.05.11)
- 「『生存』の東北史 歴史から問う3・11」大月書店2013年(2016.05.10)
- デヴィッド・ハーヴェイ「『資本論』入門 第2巻・第3巻」作品社2016/3 序章(2016.05.04)
- 柄谷行人 「憲法の無意識」岩波新書2016/4/20(2016.05.02)
コメント