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2006年3月30日 (木)

ベナー「看護論」:熟練とは、マニュアルから外れて、マニュアルより高度の目標を達成することである

TVドラマや映画に表現された感動的な看護婦像について短く書いておこう。私は看護師ではないし、また現実と映像表現を混同するという誤りもあるだろうから、ただの思いつき程度のものである。

その1 ERの古いシリーズに登場していた看護師長キャロル・ハサウェイは、一人で肺癌の臨終のときを迎えた貧しい患者のそばにしゃがんで自ら煙草に火をつけ、吸い込んだ煙をそっと患者に吹きかけてやった。その煙を吸いながら患者は息絶えた。

その2 映画「君に読む物語」の終わりごろ、死の迫った妻のいる女性病棟に深夜入っていこうとする(やはり入院患者で男性病棟にいる)老いた夫を、無名の看護婦は規則に反するとして一旦制止する。しかし、その直後、ふと用事を思い出したと言って、ドアの鍵を開けたまま、その場を立ち去る。翌朝、老夫婦は同じベッドの上に並んで安らかになくなっていた。

きわめて印象的だったこの二つのエピソードに共通するのは、規則を外れることの大切さである。

熟練とは、マニュアルから外れて、マニュアルより高度の目標を達成することである。

これは現代最高の看護学者といわれているベナーさんが優れた看護師の仕事を観察する中で発見したことであるが、それが正しいとうなづかれるのは、映画やTVドラマにも表現される社会一般の倫理と深いところで一致するからだろう。

僕が憂慮するのは、日本の今の病院にこういう熟練を許さない気配が満ちていることである。あふれ返るマニュアルから一歩でも外に出れば、激しい追及が待っている、そういう文化を病院が育てようとしている。その中で窒息するのは、交流しようとする医療従事者と患者の双方の魂だろう。

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