2020年1月15日 (水)

なかなかの因縁話


ロールズ「正義論」(紀伊国屋書店)の研究者・訳者 川本隆史さん(広島市己斐出身、東大、国際基督教大)から、あるクリスチャンの女性教師の足跡を訪ねて、僕の母の生まれ故郷である広島県大崎下島の大長(今は呉市になっている)という集落を訪ねるので、その地に住む親戚を紹介してほしいという電話があったのは昨年の夏だった。近くの因島というところで高校の校長をしている従弟に連絡を取った。

 

その調査に関わる記事の乗っている雑誌「みすず」を川本さんが送ってくださったが、なかなかの因縁話になっているので、ご本人には失礼だが、勝手な要約をー

 

「【『みすず』2020 年 1・2 月合併号「二〇一九年読書アンケート」】 川本隆史(社会倫理学)から


1 奥田貞子『空が、赤く、焼けて――原爆で死にゆく子たちとの8日間』(小学館、二〇 一五年)。

 

広島への原爆投下の翌日、瀬戸内海の島から 60 キロ離れた広島市に渡って兄の子どもを 探した奥田貞子先生(当時 31 歳)の日記をもとに、被爆地での出会いと永訣を物語と詩で綴った佳 品。彼女が戦後長く奉職した基督教独立学園高校(全寮制/山形県西置賜郡小国町)の保 護者の尽力で出版された冊子『ほのぐらい灯心を消すことなく』(一九七九年)を、増補・ 改題のうえ復刊したもの。

筆者は二〇一九年七月末には先生の生地(広島県の大崎下島大長)を訪ねた。


 

2 加藤典洋『大きな字で書くこと』(岩波書店、二〇一九年)。

遺文集。

「父 そ の1」と題されたエッセイに、山形県の巡査だった父親が小国の警察署に「特高主任とし て赴任」し、当地に基督教独立学園を開いた鈴木弼美(すずき・すけよし/1899~1990) の反国家的言動の内偵を続けていたとの記述。一九四四年五 月二二日、鈴木氏を治安維持法違反容疑で検挙した父親は、半世紀以上も過 ぎて「逮捕したのは私」と告白した。 」

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2020年1月13日 (月)

変わらぬ枠組みの中で習慣的あるいは自動機械的に行われる再生産


40歳くらいまで詩の持つ力を信じていたので自作の甘ったるい下手くそな詩を集会で朗読したり機関紙の新年号に載せたりしていたのだが、今はそんなことを考えることも無くなった。

詩を読む人=詩を書く人、という小社会に詩が閉じ込められたからである。

昨日、文脈はまだ十分理解できないものの、著名な医学教育学者が、「誰もが書くが、誰も読まない」と発言するのを聞いていた。

医学会の地方会などにありがちなことである。若い医師は義務のように誰でも何度か地方会には発表するものだが、それは発表する人のキャリアとしてしか意義がないということが多い。誰もが発表するが誰も聴かないのである。 

変わらぬ枠組みの中で習慣的あるいは自動機械的に行われる再生産といったところだろうか。そう考えるとそれはあらゆる場面に見受けられる。

閉じた小社会の中で起こることは詩でも医学でも社会運動でも同じなのだろう。

 

マルクスもデヴィッド・ハーヴェイもジェイン・ジェイコブズも 佐々木隆治・斉藤幸平の存在も知らずにコミュニティを論じる医療系の人の書いたものを読むと、なかなかその小社会の殻を脱することは難しいと感じる。82780147_2648169788599092_72525883857038 82955825_2648169818599089_80094396456349

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2020年1月11日 (土)

68歳の誕生日



昨日が81991769_2643500405732697_76465157638214 83131851_2643325959083475_4296468756437168歳の誕生日 だったが、長男から一冊の韓国掌編小説集をもらった。著者は35歳の若い作家で、舞台はソウル近くの大病院。すごく面白い。

 

数年前、ソウル大学病院の待合室で開かれた労働組合ストライキ集会に挨拶に行ったことを思い出した。

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後脚を洗ってまともなお医者さんに



豚足は前脚の方が美味しいと今日韓国の小説で覚えた.

豚足を食べたこともないのに.

明日辺り,20歳ごろの苦労した食生活,あるいは高校卒から医学部入学前数年のパク・チョンヒ恐怖政治下の韓国潜入と地下政党のオルグ生活の思い出(そのネタは李恢成の小説だったり『徐兄弟 獄中からの手紙』岩波新書だったり)を語るふりをしてこの知識を披露している自分を想像する.世の中はデティールと周囲の無知が大事だ.

と,まぁそのような医師生活をやってきたわけだが.

そろそろそういう生活から後脚を洗ってまともなお医者さんにならないといけない.

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2020年1月10日 (金)

SDHパンフレット ついに出稿

SDHパンフレット ついに出稿の時刻を迎えた。
小さなパンフだが類書はきっと世界中にない・・・これはいつもの誇大妄想。
その分、産みの苦しみは大きく、正直心身ぼろぼろになった。
大事な人間関係も壊したかもしれない。
・・・なんていうとまるで芸術家の仕事のようだが。

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2020年1月 6日 (月)

アズナブールな私

(別に年末年始に限らないが)この年末年始は文字通りフルに働いて病棟を守った.真夜中の急変で大学病院に患者さんを送っていったり,明け方5時に(運転手の絶対的不足と高齢化でこの時間はもはやタクシーが動いていないので)強い季節風に逆らって進まぬ自転車を漕いで気管内挿管のため駆けつけるなどということがあった.

流石に長い正月休みの最終日,1月5日の夕方は病院を離れたくなって馴染みの理髪店に行った.「最近来ないので心配だ」という年賀状をもらっていたからでもある.そこで真っ白になって伸び放題の眉毛を黒く染めてもらってアズナブールのようになって最低5年は見た目が若返った.

と,別に高齢医師の残酷物語をここで書きたいわけではない.その理髪店で聞いた話が随分考えさせられたからである.
一つは近くの商店主の高齢婦人が店の前の道路で交通事故死された話である.商店の前に大型車が止まっていて見通しが効きにくいところを渡ろうとしたのではないかということだった.近所の生活道路の交通事故を知らず問題視もしていなかったことを反省した.これもSDHに関連する話である.
もう一つは,理髪店は外が見えやすいため,これまで何人もの徘徊老人を保護したという話である.呼び止めて「コーヒーを飲んでいきませんか」というと大抵足を止めてくれるとのこと.「宇部市か警察にこのこと話しましたか?」と尋ねたらなんの連携もないとのことだったが、本当の認知症カフェはここにある.
最後に教訓を一つ「民医連の医師にとって地元の理髪店を利用するのは義務である」.
ただし、理髪店にいた100分の間、病棟からの電話は7回あった。平均的な頻度であるが。8fc58bae7422427081c06d955975603c 38588a4d44a64fd38e85b53af0174146

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2019年12月27日 (金)

「医師を中心にした民主的集団医療」から「ソーシャル・ワーカーを媒介にした『共進化』的協働」ヘ

今朝は早番で医局に早く来て、1時間ばかり職員からのメッセージを見ていると、中には看過できないものもあったので、医局の朝会では医師のパワハラについて一般的喚起を行っておいたが、その後、その発言に対する波紋もあった。世の中には一般的ということはないのかもしれない。今朝早番でなければ起こらなかったことかも。

それで改めて思うのだが「医師を中心にした民主的集団医療」はもう決定的に時代遅れになっており、今後はおそらく「ソーシャル・ワーカーを媒介にした『共進化』的協働」ということになるのだろう。

「共進化」がわからなければデヴィッド・ハーヴェイを読んでみること。

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一人で荒野に立つ

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今朝は約10日間担当した「化膿性膝関節炎+下腿蜂窩織炎+糖尿病+(透析間近の)慢性腎不全+急性心筋梗塞+十二指腸球後部の巨大出血性潰瘍」(診断した順番)の患者さんを 自分一人の手で治療することはついに断念して、大学の救命救急部に転送した。血液センターから届いたばかりの輸血を3パックぶら下げながら。

分厚い紹介状を、救命救急部、消化器内科、循環器内科、整形外科、泌尿器科それぞれあてにつまり5通、画像のCD-Rも5枚作成しなければならなかった。

一人で荒野に立つことはそうとう苦しいことである。
それより患者さんのほうがヒヤヒヤしただろうけど。

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戦争を防ぐことと気候災害を防ぐこと

今朝、早番で病院に向かう自転車の上で考えたこと

気候変動によってすでに起こっており、今後ますます激しさを増す大惨事については過去の何を参照しながら考えれば良いのかと考えると、やはり20世紀の世界大戦だろう。

戦争について学ぶということは、別に戦争の悲惨さを追体験して平和の尊さを噛みしめるということだけではなくて、その戦争をどうすれば防げたのかという可能性を探ることでもある。


加藤陽子さんは中国と真摯に向かいあっていれば戦争は防げたはずと結論している。

気候変動については、化石燃料に頼るエネルギー源の構成を一気に変えてしまえばよいと分かっているので、20世紀の敗北した反戦運動に比べれば可能性はもっと大きい。80378234_2610433665706038_88039767052627 80755426_2610433672372704_33974712245178 80645934_2609414589141279_80974922175741下の写真は雑誌「前衛」2020年1月号

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2019年12月24日 (火)

中村哲のいない2019年のクリスマス

屋根瓦式に厚い医師集団を寄るべきものとして未来の後継者に手渡すことはもはや諦めるしかない。そういう条件は我々には逆立ちしてもありえない。
言えるのは、自分の時と同じく、「荒野に一人で立つ医師になれ」ということのみである。
この面では50年を経て振出しに戻ったということになる。
資本主義下の中小企業の寿命は30年とよく言うからだいたいそういうことだろう。

それでも自分の時と少し違うのは、医師以外の技術者集団はなお厚く残せるという可能性だ。
ソーシャル・ワーカー集団、看護師集団、技術職集団、介護職集団、リハビリセラピスト集団、歯科部門・・・およそ地域包括ケアの核となる諸要素を民主的に統合した輪の中に、特別ではない一員として加われとは言える。

そういう輪に招待される青年医師ほど光栄なものは実はない。それは世界を変革する輪だからである。

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«研修の組み立て含めて自由に自分のスタイルで医師であることを邪魔してほしくない