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2013年4月19日 (金)

欠航

寝過ごして、大慌てで空港に駆けつけると、なぜかロビーに誰もいない。手荷物検査所へ向かうドアもしまっている。

奇妙だと思って怪しみながらあたりを見回していると、「欠航」という表示があった。天気も良くておよそ考えられないことだが、東京から飛行機が飛んで来なかったのだ。

呆れながら航空会社のカウンターに行くと、3時間後の別会社の便が準備されていた。1000円の食事券を与えられて、何もすることのない時間が小さな食堂以外何もない地方空港で急に生まれてしまった。

こんな訳のわからない突然の欠航があるのだ、と思うとさっきまでの自分の慌てぶりとの対照もあって、奇妙な気分に僕は引き込まれていった。

そして、僕はそのときようやく、1年半前急に姿を消した妻の死を正面から考えて始めた。いっときも忘れたことはなかったが、なぜ妻が死を選んだかを考えることだけは避け続けて来たのだ。

だが、いつ、僕にも突然の「欠航」がくるかもしれない。考えるべきことはいっときも早く考えておかなければならない。

妻が死ぬ前に何を感じていたかを想像するのは毎日だった。台風が去ったあとの日本海の荒れた波の音を断崖の上で停めた車の中の暗闇で聞いていたのだ。そして、どんな風に気持ちを決めて車のドアを開けて出ていったのか。

その数時間前、僕と電話で話している。
「今日は出張で両国のホテルにいるよ」と、僕が言うと、「両国・・・。」と言って黙ったあと、「ありがとう」と言って電話は切れた。

そのあとのことは、もう考えられなくなるのだが、今日、急に思いだしたのは、妻が支援していたホームレスの人が就職したばかりの仕事場から消えて行方不明になって、妻を含めた関係者が必死に探していたのだが、やがて門司沖の海岸で水死体で見つかり、それを告げる電話が自宅にいた妻にかかって来た現場に、僕が偶然居合わせたときのことだ。

妻は声を失ってしばらく呆然としていたが急に号泣し始めた。僕の声かけには何も反応せず、妻は泣き続けた。

面識のないホームレスの男の死は、そのとき僕から遠かった。泣いている妻を持て余しながら、僕は間もなく仕事に出かけたのだが、このとき、すでに今ある結果が準備されたのだ、と今日、急に気付いた。

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