2026年3月 5日 (木)

どんな民医連をつくりたいか

どんな民医連をつくりたいかと聞かれて端的に言えば、内にも外にも平等と自治を求めて前進する民医連ということになる。

内にも外にもということが大事で、一人一人にとっての組織内での自己肯定感と、集団で社会に貢献している連帯感が両輪として与えられなければ、どちらも嘘になる。

組織様式はヒエラルヒーを排して可能な限りフラットで、社会には空気や水のように溶け込む。

②代議員で盛岡の民医連総会に行った人から話を聞く。

僕が文書を出していた問題意識など一顧だにされていないようだ。
ま、それも良い。僕のact locallyの実際の方針がそれで揺らぐわけでない

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2026年3月 4日 (水)

2026.3.4 県連理事会挨拶

急に暖かくなって来て、新年度を迎える準備も忙しい日々ですが、会議参加ご苦労さまです。

2月28日のアメリカとイスラエルの国際法を蹂躙したイラン武力侵攻以来、世界情勢が一変しました。

ロシアのウクライナ侵略、イスラエルのガザでのジェノサイド、アメリカによるベネズエラ攻撃と階段を駆け上がるように武力による支配が時代の主流になりつつあります。

資料1は、今日の毎日新聞です。スペインはイラン攻撃に自国の基地を貸すことを断りましたが、イギリスはインド洋にある基地を貸すことを決めたので、戦略爆撃機B52が使用される条件が出来上がり、これを背景にトランプ大統領は、攻撃の新しい大波が来ると公言しています。

1945年310日にB29が東京を無差別爆撃したような光景がテヘランに再現されるのでしょうか。

数十年後に振り返れば、私達は第3次世界大戦の真っ只中にもう入っているのかもしれません。

というのは、この事態の日本への影響は石油不足問題という受け身の話にとどまらず、すでに日本も戦争当事者として急速に変化しようとしているからです。

その例はいくらでも挙げられると思いますが、ここではごく最近の事案を2つ示しておきたいと思います。

防衛装備品の輸出ルールを変えて殺傷能力のある武器の海外輸出を解禁することを自民党が今週に提言することを決めたのはご存知だと思います。これはアメリカの武器庫に日本がなるという変化です。

もう一つは、3月3日昨日の話ですが、衆議院予算委員会の審議の短縮を、早くも異例の委員会強行採決で決めました。

3月19日の日米首脳会談に備えて、巨大与党が野党に有無を言わせない国家運営が始まっているとしかいえません。

日米首脳会談では、これまでの延長線上にはない米国の要求が突きつけられ、これに高市首相が乗っていくことが予想されています。その中には、この事態を安保法制(2015年)の要である存立危機事態と捉え、イランの実戦へ自衛隊派兵することも当然含まれます。そうすれば戦後初めての戦死者が生まれることは確実です。

こういう情勢のなかで、私たちがどうすればいいかというのは相当に難しい問題ですが、ともかくいろんな人と話しあって、反戦平和の輪を拡大していくしかないと思います。

ちょうど、4月22-24日に韓国の民医連に相当する「社医連」の研修団を山口民医連で引き受けることになりそうですので、これまで考えていた予定も大幅に変更して、東アジアの平和を医療という立場から築く戦略を中心にした交流にしてみたいとも思っているところです。

では、今日は全日本民医連総会の報告も受けて、特に熱心な討議をお願いして挨拶といたします。

 

 

資料2

*衆院予算委、与党が「異例」の採決強行 10日に中央公聴会開催

毎日新聞2026/3/3 17:41(最終更新 3/3 17:41

衆院予算委員会は3日、2026年度予算案の採決の前提となる中央公聴会を10日に行うことを自民党、日本維新の会の賛成多数で議決した。予算審議の冒頭で行う3日間の基本的質疑が終わったばかりの時期に、中央公聴会の日程を決めるのは異例。野党側は質疑時間が不十分だとして反対したが、坂本哲志予算委員長(自民)が職権で議題とすることを決め、議決を強行した。

 予算案の年度内成立を目指す与党側は、13日に予算案の衆院通過を目指している。予算審議の遅れは高市早苗首相が唐突に通常国会冒頭で衆院解散に踏み切ったことが要因だが、衆院選で圧勝した後初めて、「数の力」を背景に野党の反対を押し切って採決を行った。 例年、当初予算案は衆院で1カ月程度かけて審議する。高市内閣は「責任ある積極財政」を掲げ過去最大規模の一般会計総額122兆円を計上するにもかかわらず、与党が目指す通りの日程なら例年の半分程度で異例の短さとなる。中道改革連合の重徳和彦国対委員長は3日、与党側の国会運営は「常軌を逸している」と批判した。

 

 

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2026年3月 1日 (日)

3月1日

土曜日の午後、イラン攻撃のニュースを知った。

イラクのサマワに行った自衛隊員の帰国後の自殺者が多かったということだが、今度は直接の戦死者が出るのではないか。石油危機を煽り立て、これを存立危機事態だと強弁して派兵すれば。

ある人の投稿によると、若い活動家の口汚い罵倒が彼らの身上にかかわる重い反撃を受け始めたようだ。

それを機会に表現の自由を平気で蹂躙する広範な言論弾圧が始まる雰囲気でもある。後で振り返れば、例えば浜矩子さんなどもアホノミクスやタコイチという用語を使わなかった方が良かったのではないかということになるのかも知れない。そう言わなくても人が聞くに足る主張であったのだから。

夜は別の投稿に驚いた。

宮本顕治さんが、今は自分たちの頃と違って、活動して殺されることはないのだから大胆にやっでほしいということを語っていたのを思いだすが、そうならない可能性も感じる。

二つの海流に挟まれて泳ぐ魚には彼らの泳法が必要であるように、僕らは正しい語法を知らなくてはならない。それは詩を書くのに似ている。

いずれ、正しいビルからの飛び降り方などを学ぶことが必要にならないように。

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自転車修理

昼は久しぶりになじみのA輪業に行き、自転車を修理してもらう。今回はいつもの2倍で1万円弱かかった。

その前の晩、後輪のタイヤの表面が広範囲に裂けているのに気づいたからである。


「本当によく自転車に乗られますね」と、ほとんど発語のない老店主に代わって奥さんが言う。

褒め言葉ではない。

「どうしたら、こうビリビリにできるのだか」


後輪にほとんどパンクに近いすごい違和感を感じながら2週間も乗っていたからである。医療機器だったらありえない話。

整備不良の自転車に乗っているとして警察に捕まったり、いや不意に転倒して骨折などする前に気づいて良かった、

というより、やっばりそれはだめだろうというレベルである。

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2026年2月25日 (水)

ローカル政治新聞への寄稿

宇部の歴史を振り返ると、資本家階級は早くから結成されている。経済は「共同義会」、政治は「達聡会」という形で村の上層が結社化したのがそれである。それが宇部興産という統一した近代的企業になる(1942年)。

これに対して、労働者階級が出現するのは戦後である。1917年のストライキや、陸軍が出動し炭鉱夫13人が銃撃で死んだ1918年の米騒動はまだ自然発生的なものに思える。戦後になって労働者階級が立ち上がり、いろんな運動を宇部の中に生み出した。日本全国から比べるとずっと遅れて誕生した山口民医連もその一部をなすものにほかならない。

つまり労働者階級は遅れてやってくる。資本主義における生産力と生産関係の間の矛盾が直接生み出すのは社会主義社会ではなくまず労働者の「階級」化なのだろう。

その上で、民医連の未来については深刻なものがある。病院や診療所という事業体はこれまでの蓄積という慣性で存在し続けるだろうが、運動としては大きな曲がり角の局面である。生産力と生産関係の矛盾が気候危機や諸格差の解決の展望を奪っている今、「階級」の新たな具体化は猶予がない。

思い悩んでいたある日、2025年末に亡くなった元参議院議員聴濤弘さんの古い本、『レーニンの再検証――変革者としての真実』(2010年、大月書店)が本棚の奥から「もう一度読み直してみろ」と囁いている気がした。すでに鉛筆の線が無数に残っていたのだが。

実は僕にもレーニン全集の何巻かだけが支えだった時期がある。16年間努めた医療生協理事長(年数だけを理由に厚生労働大臣表彰を受けた)の前半時期。「労働者と農民の同盟が破綻すれば、ソビエト政権はすべてを失う」としたレーニンの演説を下敷きに「医療従事者と医療生協組合員の同盟が破綻すれば医療生協運動は消失する」と語ったこともある。

それはそれとして、聴濤さんのこの本で「ソヴィエト」がマルクスにもレーニンにも無関係の自然発生的な組織であることを改めて知った。それはロシアの土着の「自治」志向なのではないか。グラムシにも地域や工場の自治の探求がある。考えれば、民医連にも「階級」出現以前の土着の平等・自治志向が底流としてあった。いまはそれに注目するべき時に思える。室町時代の山城国一揆、江戸時代の明和義人事件、幕末の隠岐の島騒動、明治の秩父困民党なども、歴史の主流が滅ぼそうとして滅ばせなかった「自治」の伏流水なのではないか。

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2026年2月15日 (日)

ケアの倫理と民医連

①マルクス主義フェミニズムがケア労働の中に女性の搾取を発見して立ち止まった地点で、ラディカル・フェミニズムはケア労働の中に、不利な状態におかれた女性だからこそ認めることのできた人間の本質を発見した。

人間は生産労働もするが、同時に互いにケアもしなくてはならない。

ここから女性と男性を分け隔てない「ケアの倫理」論が始まる。

しかし、社会共同性という人間の本質があるというのはマルクス主義がすでに探究しようとしていたことでもある。人類の歴史はそれを完成させるための過程だと思うくらいに。

しかし、それはフェミニズムを経ないと実を結ばないものだったのだろう。

 ケアの倫理は、新しい生産関係の中で変化する生産力の量より質を問うという点で、脱成長論と親和性が高い。

ケアの倫理を突き詰めると、生産性向上ではなく、生産の意味自体を問い直す脱成長論に行き着かざるを得なくなる。

ケアの倫理を格別重視すること民医連もそこは理解しないといけない。

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2026年2月14日 (土)

宇部の歴史と労働者階級

宇部の歴史を振り返ると、資本家階級は早くから結成されている。経済は「共同義会」、政治は「達聡会」という形で村の上層が結社化したのがそれである。その自治性は高度で、宇部興産という統一した近代的企業体にたどり着く。

これに対して、労働者階級が出現するのは戦後である。
陸軍が出動し炭鉱夫10数人が銃撃で死んだ1918年の米騒動は階級の出現というより自然発生的な事件に近い。
戦後になってようやく立ち上がってきた労働者階級はいろんな雑多なものを宇部の中に生み出す。日本全国の視点からみればずっと遅れて誕生した山口民医連もその一つにほかならない。

簡単に言うとこれが宇部の歴史である。

資本主義における生産力と生産関係の間の矛盾が大きくなれば社会主義社会への移行が必然的に起きるわけではない。その矛盾が直接生み出すのは労働者の「階級」化である。
階級闘争はそこから動きだして社会主義社会への長い歩みが始まる。
つまり資本家階級がいれば労働者階級が自然に存在するわけではなく、後者は遅れてやってくる。
そいういうものだから、資本家階級の組織性がさらに高度化される前で、労働者階級が一見崩壊していくような状況も当然ありうる。
そうなれば「階級」をどう再組織するかという課題が、労働者たちに創造性を要求してくる。
生産力と生産関係の矛盾は、気候危機と格差という形をとってこれ以上もないほど大きくなっているので、その再組織は必ず起こる。

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2026年2月13日 (金)

宇部・山陽小野田見学プラン

宇部・山陽小野田見学プラン
  座学担当は私

1歴史 座学
前半
地方における鉱工業の勃興 石炭採掘
村の名士層による共同資本家階級形成「共同義会」と「達聡会」

流入労働者による急速な都市化
米騒動 陸軍による鎮圧 銃殺されたもの10数人
石炭鉱山から重化学工業へ 近代的企業体「宇部興産」への糾合
敗戦後は素材産業への転進 瀬戸内コンビナートの一員
労働者階級の出現
民医連の誕生 公害闘争

後半
グローバル化 国内空洞化 東京一極集中
海外金融資産による収奪
地方の衰退
人口減以上の労働人口の減少
農業の政策的後退
生活維持、政治参加の困難
極端な貧困層の集積

2 今後の展望論 フィールド
生活自衛の生協運動
地産地消、地域自給を目指すコモンの拡大
基本自治組織の拡大と連帯
中小企業と農業を幹にした産業再編成
気候危機大災害に耐えられる地域作り
「地方の時代」に向けての対中央、対グローバル・ノースとの闘う仲間との連帯

これらの総称としての地域主権主義、ミュニシパリズムの理念の確立、新しいマルクス主義

3その中での医療生協の努力 フィールド

政府から独立した自治的病院としての技術•.倫理・経営水準の維持
医療-市民同盟の強化
貧困層、孤立層への直接支援事業、医療生協組合員活動
市民の組織力の強化
対自治体の影響力増大

4特別見学 
長生炭鉱
上関原発関連
岩国基地
伊藤博文記念館ー安重根記念館との対比

5観光
萩歴史地区 東アジア史の中の明治維新
草莽崛起のテロリスト・特殊な平等主義者としての吉田松陰
 
周防大島 宮本常一記念館 日本の庶民像 海から見た日本

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2026年2月12日 (木)

NODAというスローガン

つまり

No One  Dies  Alone !

誰も一人では死なせない!

MAGAキャップのように仕立てて 配りたい。

実はスコットランドの小さな町(山陽小野田市くらいの面積と人口)で実験中である。

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日本の土着的自治

昨年末に亡くなった聴濤弘さん(1935~2025)の晩年の出版物はたいてい読んだ。『レーニンの再検証――変革者としての真実』2010年もちろん読んでいる。
しかし、本棚の奥から「もう一度読まなくては」と語りかけて来たのはこの本だった。

実はレーニンを懸命に読んだ時期が2回ある。一つは普通に学生時代。国民文庫本になっているレーニン著作にはだいたい目を通した。しかしその何が今の自分に残っているかというと皆無に近いのではないか。この年齢になって『国家と革命』を生きる指針にしていますとかいうと具合が悪いだろう。

二度目は54歳から16年間医療生協の理事長を務めた(これだけを理由に厚生労働大臣表彰を受けた) 時期の前半部分である。。理事長の職務は誰も手引してくれないので、この時期の僕の唯一の師であり友であったのが1921年前後NEP時代のレーニン全集だった。生まれたばかりのソヴィエト政権と医療生協が同じに見えていたのだろうか。「労働者と農民の同盟が破綻すれば、ソヴィエト政権はすべてを失う」としたレーニンの演説から、自分のモットーを「医療従事者と医療生協組合員の同盟が破綻すれば医療生協運動は消失する」と語っていた。後半は全日本民医連の副会長になってSDH(健康の社会的決定要因)の普及に全力を尽くしたので、レーニンは読まなくなった。

聴濤さんの本を読み返している最中で、3回目のマイ・レーニン・ブームは来ていないのだが、「ソヴィエト」がマルクスにもレーニンにも無関係の自然発生的自治組織であることを彼の本で改めて知って急に関心が湧いた。
もしかすると、今後の地域主権主義につながるものかもしれない。また、それは有名な歴史的農村共同体「ミール」などともつながっているのだろうか。
1905年の第一次ロシア革命から1917年の第2次ロシア革命の間のレーニンに何か鉱脈がありそうである。

そう思うと、日本の歴史の中に生まれた自治組織にも関心が向く。山城国一揆、加賀一向一揆、秩父困民党。最近知ったところでは幕末の隠岐の島コンミューン、江戸時代の明和義人事件などなど。誰か、日本の土着的自治について研究していないものだろか、グーグル・スカラでも検索してみよう。

そうか、宮本常一『忘れられた日本人』のなかの対馬の寄り合いもあった。

 

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