NODAというスローガン
つまり
No One Dies Alone !
誰も一人では死なせない!
MAGAキャップのように仕立てて 配りたい。
実はスコットランドの小さな町(山陽小野田市くらいの面積と人口)で実験中である。
つまり
No One Dies Alone !
誰も一人では死なせない!
MAGAキャップのように仕立てて 配りたい。
実はスコットランドの小さな町(山陽小野田市くらいの面積と人口)で実験中である。
昨年末に亡くなった聴濤弘さん(1935~2025)の晩年の出版物はたいてい読んだ。『レーニンの再検証――変革者としての真実』2010年もちろん読んでいる。
しかし、本棚の奥から「もう一度読まなくては」と語りかけて来たのはこの本だった。
実はレーニンを懸命に読んだ時期が2回ある。一つは普通に学生時代。国民文庫本になっているレーニン著作にはだいたい目を通した。しかしその何が今の自分に残っているかというと皆無に近いのではないか。この年齢になって『国家と革命』を生きる指針にしていますとかいうと具合が悪いだろう。
二度目は54歳から16年間医療生協の理事長を務めた(これだけを理由に厚生労働大臣表彰を受けた) 時期の前半部分である。。理事長の職務は誰も手引してくれないので、この時期の僕の唯一の師であり友であったのが1921年前後NEP時代のレーニン全集だった。生まれたばかりのソヴィエト政権と医療生協が同じに見えていたのだろうか。「労働者と農民の同盟が破綻すれば、ソヴィエト政権はすべてを失う」としたレーニンの演説から、自分のモットーを「医療従事者と医療生協組合員の同盟が破綻すれば医療生協運動は消失する」と語っていた。後半は全日本民医連の副会長になってSDH(健康の社会的決定要因)の普及に全力を尽くしたので、レーニンは読まなくなった。
聴濤さんの本を読み返している最中で、3回目のマイ・レーニン・ブームは来ていないのだが、「ソヴィエト」がマルクスにもレーニンにも無関係の自然発生的自治組織であることを彼の本で改めて知って急に関心が湧いた。
もしかすると、今後の地域主権主義につながるものかもしれない。また、それは有名な歴史的農村共同体「ミール」などともつながっているのだろうか。
1905年の第一次ロシア革命から1917年の第2次ロシア革命の間のレーニンに何か鉱脈がありそうである。
そう思うと、日本の歴史の中に生まれた自治組織にも関心が向く。山城国一揆、加賀一向一揆、秩父困民党。最近知ったところでは幕末の隠岐の島コンミューン、江戸時代の明和義人事件などなど。誰か、日本の土着的自治について研究していないものだろか、グーグル・スカラでも検索してみよう。
そうか、宮本常一『忘れられた日本人』のなかの対馬の寄り合いもあった。
選挙直前 ローカル政治新聞に寄稿
山口県の高齢化と人口減少のスピードはそれぞれ全国3位、8位という高さです。
年齢を問わず貧困と孤立の中で健康を害して支援を待つ人は引きも切らず、その一方で医師・看護師・介護従事者不足は日に日に深刻です。
この閉塞した状況を打開するのが住民主権・地域主権の「まちづくり」です。
これに対して自民党政権の進める「地方創生」は地方を東京にとって利用できる対象、稼げる対象に再編成し、そうでないものは切り捨てるものでしかありません。
県知事選の大久保雅子さん、総選挙の日本共産党の政策に共通しているのは、生活保障、中小企業振興、災害対策という「まちづくり」の3本柱です。
真の自治を担う多様な組織の発展を追求する者として、両選挙の成果に期待します。
自己破産、離婚、子供との生別、同居の母や姉の病気、自分の病気、工場労働の収入激減という経過のなかで、「助けて」と言えない自立至上倫理に囚われ治療中断、その結果のように脳心事故に至った事例について「ケアの倫理カンファレンス」で話し合った。
このカンファレンスは事後的なもので、ケアに当った当事者の心情に焦点を当てるので、あのときどうすれば脳心事故が防げたのかというレトロスペクティブな議論はしない。それは医療事故後の検討に似ている。そもそもSDHの視点から言えば、たかが医療ごときが逆立ちしても、このような悲劇的なコースを変えることはできないというのが前提である。
このカンファレンスは患者とケア担当者になったつもりで話を聞く、そのとき浮かんでくる考えから、そのように考える「自分」を発見し、それを話すということに重きを置いている。
円形に並んで話しあう、わずか75分のカンファレンスだが、終わると全員が何故かケアされている。
ひたすら医学的な正しさを追うのでなく患者の「感情」と「解釈」という2つの「か」を捉える接し方が良かったなどという教科書的なまとめ発言をしたあと、いやそれを言うより「(長時間の安全靴使用のせいで)ともかく足の胼胝(たこ)のすごい人だったんです」という担当看護師のの事前のつぶやきをに参加者に紹介すべきだったと反省した。
今日の私の発言
振り返ると私達が2010年の全国会議で日本国憲法と理念において完全に合流したあと、1947年生まれの日本国憲法より発展した新しい国際的な人権規範のあることを知り、それに追いつくために学んできたこの15年だった。「ケアの倫理」との合流もその一部である。
しかし、その課題を15年も追求したあとの現時点においては、現場からはより実践的な目標の提示が求められている。
特に、トランプの「法の支配」の否定、「力による支配」への転換を日本でも現実化しようという右派勢力が伸張している最新情勢においては、それにそった方針でなければ支持は得られない。
気候危機、格差・貧困の深まり、戦争への傾斜が大情勢であるなら、今後の第一の課題はそれと闘う陣地の構築である。
人口減少・少子高齢化・地域衰退に見舞われている、私達の各事業所が立地する各地域での新たな「自治」の確立と言い換えて良い。
ボトム・アップ型の自治の有力な担い手としての私達の像を創造していくことが必要だ。
それは以前からFEC自給圏、地域循環経済、ミュニシパリズム、分権型社会、地域主権などの名称でさまざまに主張されてきたことの統一した目標化である。
同時に自治を真剣に考えるなら、事業所自体に自治が貫かれているかどうかも点検課題に挙がる。その始まりが事業所運営における「心理的安全性」(誰でもリスク無しに方針・運営について発言できる)であることも強調して良い。
私達に限らず、本来自治的であった組織が自治を奪われるとどんな腐敗が起こるかは東大医学部事件などでも明らかだ。山口大学でも、学費値上げに反対する学生によるビラまきが禁止されるという事態が起こっている。
これを変革して、地域に存在する各種組織が自治を取り戻し、その力で自治体を変え、それが国に及ぶというという展望は時期尚早ではない。
以上とは別のことになるが、ジェンダー平等の目標については、女性の経済的困窮とジェンダー不平等を解消する目的を掲げる前提として、 売春防止法改定の必要性を強調しなければならない。構造的に女性が性搾取され続ける現状を変えるためには「性を売る側を被害者とみなして処罰せず、性を買う側(買春者)や斡旋業者などを処罰する」という北欧型の制度創設が必要である。ジェンダー平等・女性差別撤廃のための現時点での最優先課題である。
2026.2.04 県連理事会挨拶
大変な寒さのあと、少し暖かくなりましたが、会議参加ご苦労さまです。
突然の総選挙、県知事選挙が進行中である上に、全日本民医連第47回総会方針案の討議も今日中にやっておかないといけません。
そこで私の挨拶はごく簡単に済ませたいと思います。
総選挙についてですが、資料4は今朝の朝日新聞です。国論を二分する問題、軍拡、スパイ防止法などたくさんありますが、それらを丁寧に議論して合意を作るというのでなく力で押し切るから、それに必要な議席数がほしいと宣言して始まった選挙です。そこに出てくる金森ひろたか医師は島根民医連のひかわ医療生協の前理事長でした。トランプがやっているような異論弾圧を日本でもやらせないよう、考えて投票しましょう。
突然のようですが、資料1は2.2の医療活動委員会で学習した「心理的安全性」についてです。お配りしたのはプライマリ・ケア連合学会の季刊誌「プライマリ・ケア」2026年冬号にあった小西竜太先生の連載です。
これは診察室における医師―患者関係について述べられたものですが、どんな職場にも共通したものだと思います。
例えば1ヶ月に一度の外来診察であれば、診察は1ヶ月続く探検の作戦会議にあたるものだと言えます。医師はベースキャンプに残るコーチです。1ヶ月の探検に出かけるのは患者さんです。
ここで患者が自分の経験報告や医師の指示が適当かどうかについて意見を自由に言えないと探検=療養が成功するはずがありませんし、ひいては患者の人間としての自己実現もありません。診察時間のすべてを検査結果や薬の一方的説明に使ってはだめなのです。
そこが保障されているのが、心理的安全性を備えた診察だとすれば、心理的安全性は自然発生的に生まれるものでなく、医師が包摂的なリーダーとして意識的に診察室の中に作り出すものです。
民医連総会方針にも心理的安全性の大切さが何度も出てきますが、その理解に少しでも役立てばと思って資料提供させていただきました。
総会方針の詳細な説明は事務局長が後ですると思いますが、討論に入る前に、本筋から少し外れて気づいたことを3点ご紹介したいと思います。。
① 山口で始めた「ケアの倫理カンファレンス」が正当に評価されている。
② 民医連職員の個人名が出てくるのは山口県出身で山口大学卒、いま水俣で活躍している、我らが高岡滋医師だけ。
③ 民医連とフェミニズム運動の遭遇あるいは合流から「ケアの倫理」が方針に取り込まれるに至ったという動的(ダイナミック)な記載があること。これは僕も以前から強調していたことです。
以上に加えて、届いたばかりの「いのちとくらし研究所報 第93号」2026.1.31 から 宮沢由美「汐田総合病院における外国人技能実習生の現在」も資料につけました。資料3
現在10名のベトナム人技能実習生を受け入れている同病院の経験は、外国人労働者受け入れのリアルがわかって貴重と思います。外国人受け入れには費用も相当かかりますが、看護学生奨学金3年分とほぼ同じだというのは皆さんにとっても新知識だと思います。
また、資料4は日本科学者会議山口支部だよりからの引用ですが、授業料値上げを決めた大学生では反対ビラも自由に配れなくなっています。
最近の東大医学部皮膚科、戦前は木下杢太郎が教授をしていたところですが、そこで起こった前代未聞の事件と合わせ、独立行政法人化で自治を奪われると、大学は腐敗するという証拠だと思います。民医連の総会には地方自治体含め自治の大切さがあまり出てこないので、そこは議論することを提起しようと考えます。
簡単に済ます、と言った挨拶はこれくらいにします。2年間分の方針討議にはとても足りない時間だとは思いますが、ぜひ熱心にご討議お願いします。
コゴナダという監督の「アフター・ヤン」という映画を配信で見た。2022年の作品。
小津安二郎がSFを撮ったらこうなるだろう、という感じ。コゴナダという名前は、小津映画の撮影に当たった野田高梧によるという。つまりナダは本当は野田なので、どこかで縁がある。
例えば1ヶ月に一度の外来診察であれば、それは探検隊が今後1ヶ月間にどう活動するかの作戦会議「ハドル(Huddle)」なのだ。
医師はベースキャンプの居残り役。探検隊の前線のプレーヤーは患者だ。
雑誌『プライマリ・ケア」2026年冬号、小西龍太 から思ったこと
冬の寒い日曜日に、意外なところにヒントを見つける勘で、最近亡くなった聽濤弘さんの『レーニンの再検証 変革者として真実』(2010年大月書店)の最初のところを再読してみた。
https://www.otsukishoten.co.jp/book/b67695.html
ここはもはやまったく人気のない領域で、誰も触れることがないのが古い本を引き出してみる動機だった。
1905年、1917年の革命については何度も読んだ気がするが、やはり曖昧のままである。出発点がスターリン下の「ソ連党史」だったのが災いしている。
トロツキーが首都ペテルベルクのソヴィエト議長だったのは1905年革命だったか、1917年度革命だったか忘れていたが、正解は両者ともに、である。
1905年1月の革命ではトロツキーは2月にジュネーブからロシアに帰国しており、11月にようやく帰ることのできたレーニンに比べて圧倒的に目立つ存在となった。
それはともかくとして、ソヴィエトという組織はマルクスやレーニンの発明ではなく、労働者が自主的に作り出したいわば自治組織だった。
これは今僕がまちづくりから出発して考えていることと一致するところが多い。
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