2026年5月19日 (火)
地域医療への提言を書いてみる
宇部市における持続可能な地域医療・介護体制の構築に向けた総合的システム整備に関する提言(案)
2026年5月18日
宇部協立病院 内科 野田 浩夫
【はじめに:背景と趣旨】
令和8(2026)年2月20日、宇部市と宇部中央病院との間で「地域医療拠点整備に関する協定」が締結され、5年間の予算措置を含む地域医療体制包括整備事業費(5,000万円)が予算化されました。これにより同院の2次救急患者受け入れ率を40%に引き上げるなど、行政による急性期医療拠点の確保・強化に向けた積極的な姿勢が示されたことは、地域医療に関わる者として評価します。
しかし、この急性期拠点が十分に機能し、市民が将来にわたり住み慣れた地域で安心して暮らし続けるためには、急性期の一点のみならず、高齢者救急の受け入れ体制、亜急性期・回復期リハビリテーションの質向上と均質化、そして在宅医療・介護の継続性に至る「地域医療・介護システム全体」の包括的なシステム整備が不可欠です。
この観点から、本市の地域医療が直面する構造的課題を解決すべく、以下に5つの具体的な施策を提案します。
1. 高齢者救急における「疾患・状態別」の搬送・連携ルールの明確化
高齢者救急は、単なる急性期治療にとどまらず、その後の療養環境までを見据えた対応が必要です。急性期拠点病院への過度な集中を防ぎ、市内の救急告示病院がそれぞれの強みを活かして機能分担する仕組みを提案します。
• 具体的な提案:
宇部中央病院を除く市内の民間救急告示病院において、高齢者救急の輪番制、あるいは「疾患・状態・居住地域」に応じた優先搬送ルールの明確化を諮ること。
• 実例・シミュレーション:
心不全や肺炎などの内科的慢性疾患の急性増悪は一律のルール化が困難ですが、骨折や脳血管疾患などの疾患は整理が可能です。例えば、当院(宇部協立病院)の2025年度救急搬入実績(総数679台、うち骨折112名、その内大腿骨骨折52名)を踏まえ、当面は「高齢者の骨折救急については、宇部協立病院を第一選択とする」といった、各院の専門性を活かした優先順位を設定することで、救急搬送の効率化と受け入れ率の向上が期待できます。
2. ICTを活用した宇部版「医療・介護情報連携サマリー」の構築
患者が治療・療養環境(病院、回復期、在宅、施設)を移行する際、切れ目のない良質な医療を提供する共通プラットフォームが必要です。また、これは災害時の情報連携にも直結します。
• 具体的な提案:
北海道函館市(函館医師会委託)の「函館医療介護連携支援センター」および「はこだて医療・介護連携サマリー」をベンチマークとし、本市の実情に即した「宇部モデル」の情報連携システムを構築すること。
• 期待される効果:
患者本位の情報伝達を平滑化し、多職種連携を体系化するとともに、大規模災害発生時における各病院・介護施設の発災時避難や、発災後の迅速な後方支援プラットフォームとして機能させます。
3. 公共的「地域医療人材情報プラットフォーム」による人材確保と健全な経営の維持
現在、紹介業者(民間の人材派遣・紹介会社)への依存による手数料の高騰(いわゆるレント資本主義的構造による医療費の流出)が、医療機関の経営を著しく圧迫しています。また、スポット医師への依存は、医療の継続性と地域医療計画の主導権を揺るがす事態を招いています。
• 具体的な提案:
山口県および県内各市と連携し、紹介業者に依存しない、公共的な「地域医療人材情報プラットフォーム」を構築すること。
• 期待される効果:
地域本位・住民本位の積極的な人材獲得(常勤医師・看護師等)を可能にし、医療機関の財政健全化を図るとともに、地域医療の自律的なガバナンスを取り戻します(※本件は2のICT化と同時進行が可能です)。
4. 北部中山間地域における医療格差解消と「医師会立オンライン診療所」の創設
本市の医療資源は市街地や南部沿岸部に集中しており、北部中山間地域(小野・吉部・万倉等)における自家用車を持たない高齢者の通院ハードルは看過できない地域格差となっています。
• 具体的な提案:
移動支援(公共交通や送迎バスへの支援)と並行し、郵便局やふれあいセンター等の公的インフラを活用した「オンライン診療」を強化すること。診療を担当する開業医を広く募るとともに、休日等の対応補完として「医師会立オンライン診療所」を設立すること。
【まとめ:実現のための枠組みとして】
以上、広範にわたる提案を申し上げましたが、これら「高齢者救急」「医療介護連携」「災害時連携」「人材確保」「過疎地受診保障」を一括、あるいは段階的に推進するための強力な受け皿として、市内の民間救急告示病院、リハビリ病院、療養病院等が出資・加入する「地域医療連携推進法人」の設立を提案いたします。
この法人の設立により、民間病院や開業医院が力を合わせることで、一部「医師会病院的」あるいは「市立病院的」な公的機能を共同で果たしていくことが可能となります。
もちろん、法人という形態にこだわらず、課題ごとに順次着手していくことも現実的な道筋であると考えます。宇部市の医療環境が行政・医師会・民間病院の三位一体でさらに発展することを願い、本提言をさせていただきます。ご検討のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
ローカル政治新聞寄稿 2026.5.22
韓国人炭鉱夫の遺族から「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」にあてた一通の手紙を示され、みんなに朗読して聞かせながら、通訳の黄慈恵さんは何度も声をつまらせた。―こうして見学の一日は始まった。
4月23日から26日まで「韓国社会医療機関連合会」から11人の見学団を山口民医連として引き受けた。略称「韓国社医連」は2018年に結成され、加盟医療機関は約90ヶ所。まだ歴史も浅く規模も大きくはないが、毎年日本各地の民医連病院に見学団を送り続けている。山口民医連はその4番目か5番目である。
見学日程は一任されたので、まる一日は山口県の市民運動の幾つかを紹介することにした。
最初は長生炭鉱水没事故跡へ。宇部の黒い過去、植民地加害の事例を、偶然知った日からずっと自身のものとして向かい合っている井上洋子さんの語りを聴いた。
昼には岩国基地に飛び、現在の東アジアの震えるような軍事的緊張を久米慶典さんの解説を通して肌で感じた。気づけばいつの間にかパトカーに尾行されている。
夕方遅く上関に着き、高島美登里さんの説明で原発建設に反対するとともに、自然と一つになって生きる未来、おそらく「脱成長」と呼ばれるものの意義を発見した。
言ってみれば山口の過去・現在・未来の課題にふれる一日だった。一見無関係に見える私たちの医療運動がそれらの営みを下支えする土台だという思いは最終日の反省会で深く共有することができた。
ところで今回来た人たちが韓国でどんな活動をしているかは、滞在中にはあまり聞けなかった。彼らが帰った4月26日夜、「NHKスペシャル」がソウルに残った最後のスラムの焼き打ち事件を取り上げたのを見た。朝鮮戦争停戦後の焼け跡にできた巨大スラム群を次々と暴力的に叩き出して首都ソウルはエリートの住む街として近代化されていくが、叩き出された人は地方に逃れてもスラムを作って暮らすしかなかった。ハッとして見学団の資料を見直すと、今回多数の職員を送っていた「新川連合病院」こそ、ソウル郊外新川市のスラムに飛び込んだ数人のソウル大出身の若い医師が作ったものだった。「あぁ、そうだったのか」と思わず声が出た。
歴史や規模だけで日本の民医連が先行者だと言えるわけでは決してない。底で深くつながっている魂を感じながら、海を越えた交流をこれからも大切に育んでいきたい。
2026年5月15日 (金)
情報プラットフォームすなわち計画の必要性
ジークムント・バウマンの「液状化する社会 リキッド・モダニティ」は現代をあらわす社会学の重要な概念だと思うが、これは医師の世界にも確実に影響している。
医師が大学医局に所属しなくなったことから始まって、民間病院の生涯正職員たる医師が激減し、時間で言えば病院の2/3以上が業者派遣の医師によって担われるという実態になっている。
そうなると、その病院のあり方を決めるのは医師と病院の情報を独占している医師派遣業者だということになる。
情報独占による支配という意味ではこれもレント資本主義が医療に侵食している姿なのだろう。
そこから振り返ると、社会が液状化し、みんなが液体中の分子化したことこそレント資本主義への道だった。
いまさら固体に戻る道はありえないから、液状化のなかで情報プラットフォームをこちらが握る戦略を考えないといけないのだろう。
喩えでいうと、液体とゲルの間を自由に行き来する組織を作るということなのだろうが。
メロス通信 韓国社医連研修団を引き受けて
4月23日から26日まで韓国社会医療機関連合会の11人からなる研修団を山口民医連として受け入れました。丁寧に対応いただいた職員の皆さん、ご協力まことにありがとうございました。
韓国社医連は2018年に結成されて加盟事業所90くらいの歴史も浅く、規模もそう大きくはない組織ですが、毎年日本各県の民医連に研修団を送り続ける計画を持っており、山口民医連はその4番目くらいの訪問先ということでした。
今回の研修行程のなかでは、長生炭鉱跡の見学が大きな部分を占めました。研修に同行するものとして事前に資料を探しましたが、伊藤智永(いとう・ともなが)さんという毎日新聞記者の本がとても役立ちました。書影を添付します。
その本にもある韓国人炭鉱夫遺族から日本の「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」にあてた一通の手紙が見学の場面でも紹介されましたが、通訳のファンさんが朗読しようとして涙を流し息をつまらせたことが印象に残りました。
「父は山あいの小さな村の農民で、徴用に連行されたきり消息が途絶えました。
その時、私は母のおなかにいましたが、父はそのことも知らなかったと思います。
長生炭鉱の事故で亡くなったという消息は初めてです。
異国の地の海の底にいる父の魂に会いたい気持ちです。
父の死亡日時だけでもわかり、感謝いたします。」
今回研修に来た人たちが韓国でどんな活動をしているかは、滞在中にはあまり聞けなかったのですが、終了直後の4月26日夜、「NHKスペシャル」がソウルに残った最後のスラムの焼き打ち事件を取り上げているのを見て少し分かった気がしました。
朝鮮戦争終了後の焼け跡にできた巨大スラム群を次々と暴力的に叩き出して首都ソウルはエリートの住む街として近代化されていくのですが、叩き出された人は地方に逃れてもスラムを作って貧しく暮らすしかありませんでした。
研修団からもらった資料を改めて見直すと、今回の研修団に職員を送っていた「新川連合病院」こそ、そういうものであったソウル郊外の新川市のスラムを支援するため数人の若いソウル大出身の医師が作ったものだったのです。
歴史が長いから、規模が大きいからと言って、日本の民医連が韓国の社医連の兄貴分であるわけは絶対ないのです。今後とも互いをレスペクトしあいながら、交流の機会を生み出していきたいと思います。
2026.5.16 県連総会挨拶
「audacityオーダシティ」の反対語は「わきまえているしとやかさ」
黒木華主演のドラマ「銀河の一票」、今のところ面白く見ているが、キーワードは「わきまえろ」という民政党幹事長が娘に投げつける言葉である。森元首相の発言に拠っているものだろうと思える。
2026年5月10日 (日)
2026年4月27日 (月)
2026.4.27 県連理事会あいさつ
連休前でもありますが、5月16日の県連総会を控えた大事な理事会ですのでよろしくお願いします。
まず4月23日から26日まで韓国社会医療機関連合会の11人からなる研修団の方を受け入れました。ご協力まことにありがとうございました。
韓国社医連は2018年に結成され加盟事業所90くらいの歴史も浅く規模もそう大きくはない組織ですが、毎年日本の民医連に研修団を送り続けています。
4月25日丸一日を山口民医連の病院・診療所・介護事業所回りに当てましたが、いろんな質問に答えるなかで、自分たちの役割を再発見された方が多いと思います。
その際、通訳のファン・チャへ(黄慈恵)さんの仲介が通訳の域を超えて優れたファシリテーターの役割を果たしていたと思います。特に上宇部クリニックの場面は圧巻でした。最初は渋々答えていた馬場先生が最後は高揚していたのが印象的でした。
こうして外国の研修団を引き受けることは自力では到底実現できない唯一無二の経験を与えてもらうことになったので、財政的支援とともに機会を与えてくれた全日本民医連にお礼を申したいと思います。
受け入れが終わった直後の4月26日のNHKスペシャルで、韓国の格差と貧困を正面から取り上げた報道がありました。資料1です。ソウルの巨大なスラム街を無理やり潰して地方に叩き出し、富裕層の街を作っていく過程がよくわかります。研修団の人たちは自分たちの国にある格差や貧困についてあまり語りませんでしたが、それと正面から格闘している団体であることは間違いありません。
もらった資料を見てあとで気づいたのですが、今回参加していた「新川連合病院」こそ、ソウルを叩き出されたスラムの人が地方に作った部落を支援するためにできたのでした。
それに男性はみな徴兵制という暴力経験を潜って社会に出てきています。
歴史が長いから、規模が大きいからと言って、日本の民医連が韓国の社医連の兄貴分であるわけは絶対ないのです。今後とも互いのレスペクトを大事にしながら、交流の機会を生み出していきたいと思います。韓国社医連綱領は資料2です。
今回の研修行程のなかでは、長生炭鉱あとの見学が大きな部分を占めましたが、その資料を探す中で伊藤智永(いとう・ともなが)さんという毎日新聞記者の書いたものがとても役立ちました。資料3として添付します。宇部に住んだり働くものとしての必須知識としてお読みください。
19ページにある、遺族からの手紙を韓国語で朗読しながらファンさんは泣いていました。
15ページに島ひろみさんという山大工学部の名誉教授が出てきます。いまの追悼碑以前の1984年に建てられた「殉難之碑」が、朝鮮人坑夫について触れず、碑に刻まれる名前も被害者の名ではなく地元有力者の名前だけだったことに粘り強く異論を唱えた人です。実は、島さんは晩年私の患者でしたが、伊藤さんのこの本を読むまではこのことは全く知らなかった。もう亡くなられましたが、知っていればいろいろ聞きたかったことがあとから湧いてきます。人生はすれ違いの連続だから仕方ないかという感慨もわきます。
さて、身の回りの情勢に移ります。
今年の2月20日に急性期拠点病院の整備のために宇部市と宇部中央病院の協定が結ばれ 初年度に宇部中央病院を支援する5000万円も予算化されました。これは宇部中央病院が今後ある意味、市立病院化することを意味するかと思います。これについては新聞報道を資料4として添付しています。
しかし、これだけで地域医療の未来が明るいというわけではありません。
今後最も重要なのは急性期拠点病院ではなく、むしろ急性期拠点病院が扱わない高齢者救急のシステムづくりです。
これについて、試論を述べさせてもらうと、宇部中央病院以外の市内の民間中小の救急告示病院他で高齢者救急の輪番制を作る、また高齢者の疾患・状態、(たとえば高齢者骨折、高齢者脳血管疾患、高齢者急性冠動脈疾患、高齢者精神などについて)さらに居住地域ごとでの病院選択の優先順位の設定です。
このため、宇部市と宇部市医師会と市内の中小民間病院で地域医療連携推進法人を作り、医師確保、業務支援、職員教育、患者情報共有などにおいて各病院間の協力を強化することを検討したらどうかという提案をしたいとも思います。
例えば、高齢者の転倒による大腿骨頸部骨折については宇部協立病院を第一選択にすることが当面現実的かと思いますが、それを長期維持可能なものとは考えないで、整形外科医師の確保が難しくなった際は地域連携推進法人全体の課題として捉えてもらうことになります。
これは民間の中小病院に、それぞれの特長は残しながら「医師会病院」や「第2市立病院」的機能を与えるという意味で理解してもらうことも可能です。
話したいことはあふれるようにあるのですが、挨拶としてはこれで終わります、熱心な討議を重ねてお願いいたします。



最近のコメント