レント資本主義と医療の関わりは、現代医療が直面している最も深刻な課題の一つである。
ここでいう「レント」とは、何か新しい商品を生産・交換して得る利益ではなく、「特許・データなどの情報、不動産・インフラなどを独占することで他者から吸い上げる利益」を指す。
レント資本主義は、産業資本主義の衰退、金融資本主義の腐食のあと、人々の監視・内面誘導を強化しながら、ある程度生産現場の生産性を上げて労働力不足を補い消費も喚起することができるので、産業構造を再編し資本主義の延命を図る主役となりつつある。SDGsなどのイデオロギーも内部に繰り込むことができ社会運動の圧力をかわすこともできる能力も持っている。
しかし、レント資本主義は医療も含む生活全体を資本のために再編し、生活を荒廃させてしまうもので、それによる資本主義の延命は気候崩壊への対策を決定的に損壊するもので、人類絶滅の近道を作り出す。
そのとき、地域医療あたりのレベルから開始するレント資本主義への抵抗や離脱が、数少ない有効な対策になる可能性がある。レント資本主義と医療の関わりを論じる意義はそこにある。
まず、医療がレント資本主義に組み込まれると、どのような荒廃が起きるのか、以下に4例を示す。
1. 医薬品の特許独占(パテント・レント)
巨大な公的資金(税金)を投入した基礎研究から生まれた革新的な治療薬を、製薬企業が特許で独占し、数千万円から数億円という超高額な価格を設定する。
困窮層は手が届かず、公的医療財政が圧迫される。
2. 医療・健康データの独占(データ・レント)
電カル、AI診断、ウェアラブル・デバイスなどの普及に伴い、医療機関や医師や患者が日々生み出す医療データが一方的に取得されメガデータになる。
特定の巨大テック企業や医療機器メーカーが、これを独占的しプラットフォームを構築する。
本来は患者や社会全体のコモンであるはずなのに研究機関や病院がそのデータを利用する際に高額な使用料(レント)を請求される。
3. 民間投資ファンドによる医療機関・介護施設の買収(金融レント)
買収後は経営効率化を名目に人件費や設備投資を徹底的に削減。診療内容を転換して診療単価を引き上げ。直後に高値で転売する。
これは医療の質や安全性を損ない地域の医療アクセスを脅かす。医療での利益が現場の医療従事者や患者に還元されず投資家に流出する。
4. PFI・公設民営化による医療インフラの破壊(インフラ・レント)
公立病院の建て替えや運営を、民間の資金とノウハウを活用するPFI(Private Finance Initiative)方式で行なう。
病院の建物や維持管理の権利を民間コンソーシアムが握り、自治体や病院側が毎年多額の「利用料・管理料」を長期にわたって支払い続ける。一見、自治体の初期投資は抑えられるように見えるが、長期的には高額の支払いとなり、いずれは廃止への道をたどる。
しかし、今回論じるのは 上記のことではなく、医師(看護師)紹介ビジネスというレント資本主義の一形態についてである。
病院が紹介会社経由で常勤・非常勤の医師を採用する際、医師の想定年収の20〜30%にのぼる高額な「紹介手数料」や、スポット派遣ごとのマージンが発生する。その総額は800億円と報道されている。
ここに現代医療の危機が構造的に現れている。
医師派遣ビジネスにおいて、人材紹介会社が行っているのは、医師や看護師を育成することでも、病院を発展させることでも、患者によいケアを提供することでもない。
執拗に探る医師の個人的情報と病院の経営情報を収集することにより利益を引き出すことだけが目的である。
問題は情報の集中から業者の権力が生まれることである。
その権力のもとで、医師の偏在や絶対的不足がなければビジネスが成り立たないので、その構造的改善が阻止されるよう政治工作が続けられる。
また医師の流動化が進まなければ紹介業が成り立たないので、大学医局の支配や1つの病院に定着する生き方が倫理的に非難される気風が作られる。スポットを渡り歩く働き方が進むほど、紹介業者の権力も強化される。
医師派遣の常態化は、地域医療の基盤である「継続的なケア」や「チーム医療」を内側から崩壊させる。
医師の労働は一コマいくらという市場で取引可能な商品に変えてしまうから、スポット・派遣の医師は、当直や外来のコマ埋めをこなすだけで患者の生活背景(Social Determinants of Health: 健康の社会的決定要因)まで深く把握したり、地域の多職種(看護師、介護職、ケアマネジャーなど)と長期的な信頼関係(チーム)を築いたりすることはしない。
病院組織の管理業務、地域住民との継続的な関わり、夜間の突発的な対応などは、その病院に残り続ける常勤医に重くのしかかり、スポット・派遣医と常勤医の連帯も不可能となる。
結果として、病院内のコミュニティや地域の医療連携といった「見えない共有資産」が摩耗していくことになる。
この医療人材派遣というレント資本主義の一形態の意義を強調するのは、レント資本主義という資本主義延命の現在の切り札を突き崩す最初の小さな穴がここで開けられるからではないかと思うからである。
医師派遣ビジネスへの対抗軸として重要なのは、人材の調整を民間業者だけに委ねるのではなく、地域や公的なセクターが「医師の配置や融通の仕組み」のプラットフォームを自ら形成し、コモンズ(共有財)として取り戻すことである。
例えば、地域医療連携推進法人などを通じて、地域の複数病院が「医師をプールし、互いに融通し合う仕組み」を公的に構築できれば、外部のプラットフォームにレントを支払う必要はなくなりる。
そこから信頼感界の上に立つ地域医療の再構築が始まるのである。
医療を市場の論理から外していくことが実際に可能となる。
そこから地域のネットワークを編み直し、公的・自律的な調整機能を回復させることができれば、レント資本主義の不条理からケアを切り離す大事業が動き始める。
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